my summer #001 (てちりさ)
7月中旬、都内の芸術大学に通う渡邉理佐は、女子高生の友達、平手友梨奈を迎えに彼女の通う高校に向かっていた。
今日は、学期末のテスト用紙の返却日。
河川敷に紙を土に埋めるんだと理佐は友梨奈に呼び出されていた。
夏のうだるような暑さが息苦しいが、友梨奈から誘ってくることは珍しいことで、私はこの日を楽しみにしていた。
彼女と出会って2ヶ月ほどが経ち、お互い友達も少ないせいか、週の半分ほどは会うようになっていた。
しかし、彼女は口数も少なく自分の話をあまりしないため、まだ知らないことだらけ。
「これが、友梨奈の高校か。」
校門に着くと、野球のユニフォームを着た男の子たちが外周を走っている。「ちわーっ」と帽子を下げて挨拶されたので、「こんにちは」と軽く私も頭を下げた。
二人乗りをしていた学生カップルが、先生に呼び止められ怒られている。
まさに、青春。ここにあの子が通ってるの、なんか不思議。
しばらくすると、友梨奈がやってきた。
「理佐!おまたせ!」
「お疲れ様。・・・ん?」
友梨奈の後を追って付いてきている男の子たちが4人くらいいる。
「あれ、いいの?」
「あれってどれ?」
親衛隊ってやつ?
当の本人は後ろについてきていることさえ、気付いていないみたい。
私は「さよならっ!」と大きな声で彼らに挨拶をすると、背中をびくつかせ「さ、さようなら」と小さな声で返した。それから、親衛隊は散り散りに解散した。
純情な感情のうちはいいけれど、大人の世界じゃ、それをストーカーとも言う。
「あれ、隣のクラスの男子たちだ。」
「もう、友梨奈あんま色気出さないでよ。」
「なあにが、あんま色気出さないでよ。だよ!」
「ん?なんで怒ってるの?」
「さっき廊下で男子たちが、校門に美女がいるって騒いでたよ!しかも、そんな短いスカート履いて!理佐って自分のこと全然わかってない!理佐こそ、色気出さないでもらえる?」
おもちみたいなほっぺたを、プクっと膨らませた。男女の性別を「男子」「女子」で分けるところがまたまだ高校生らしい。
「ふふ。心配してくれてありがとう。」
さっそく、学期末のテスト用紙を埋めに河川敷へ向かう。埋めると言うんだから、相当点数が悪かったのだろうと思っていたが、本人は落ち込んでいるようにはみえない。
「友梨奈。テストの点、実は良かったの?」
「全然!見る?・・・ほい!」
カバンから取り出したのは、くちゃくちゃになったテスト用紙。
「どれどれ。数学36点、化学23点、英語9点、世界史7点、現代文6点、古文漢文0・・・。ちょっと。」
「古文漢文は諦めて、寝た!」
「思った以上に酷い。」
「仕方がないじゃん!文字読めないんだもん」
友梨奈は、ディスレクシアという文字を読むことが得意ではない障害を持っている。
そのため、テストでは読むだけでも時間がかかり、3分の1も埋められない。そんな経験を私はしたことがないから、どうすればいいか分からないけれど。
「なんとかできないもんかね。」
「できないと思う。」
河川敷につき、友梨奈は呑気に石で地面を削っている。ハタから見ると、どろんこ遊びにしか見えない。高校生って自覚あるのかな。無理に大人になれとは言わないけど、将来のこととかどう考えているんだろう。
テストだってやっぱこのままじゃ、まずいよ。
「そう?でも、それは理佐も一緒だよ。さっきからずっとパンツが見えてる。」
「そんなのはいいの。それより友梨奈。遅くまで塾通ってるけど、アレ意味あるの?」
「ないかもね。そんなことより!理佐、パンツ!」
「よし決めた!塾辞めな。私が勉強教えてあげるから。」
「え?本当?理佐が教えてくれるの?」
「塾の黒板で書かれた文字。ノートに追いつけないでしょ。友梨奈は書くよりも、耳がいいんだから、聞いて覚えようよ。私が教科書読んであげるから、ポイントを絞って勉強しよう。」
「さすが、りさぁ〜!」
そう言って、泥のついた手で抱きつこうとするのを、腕を掴んで回避する。
「こらこら!泥つけようとしてるでしょ!」
「違うよ〜。嬉しいのハグ。だって、いっぱいお泊りできるじゃん。」
「そうだけど、ちゃんと勉強はするからね。」
「わかった。なるべく頑張る!」
「なるべくって。まあ、そうだね。なるべく頑張って。」
「あとさ、パンツ早く隠してくれないかな。」
「隠すも何も見せびらかしてんの、友梨奈に。」
「え。なんで?」
何の意味も成さないジョークに、友梨奈は不思議そうに首を傾げた。そんな所がかわいい。
彼女は私と出会う前、彼女は世俗のものを嫌って生きてきた。それから、自分と関わる人間は不幸になるからと、人との交流を避けてきた。だから時々、会話はチグハグになるし、子どもっぽいところがあるのも仕方がないと思う。
出会って2ヶ月の間で、携帯の使い方を教えてあげたり、化粧品の使い方なんかも教えてあげた。
だから、この頃は姉のようにしたってくれる友梨奈が可愛くて仕方がない。日に日に懐いてくれることが嬉しくて、自分のことのように頑張ってしまう。
私も大学生だから、やることやらないといけないんだけど、それより友梨奈への庇護欲が働いちゃう。
高校生なのに、泥んこ遊びなんかしちゃって。おてて、川で洗うんだろうか。
すると「ねえ、勉強がんばるからさ・・・。夏休みなんだけど・・・。」と、上目遣いで友梨奈は私を見上げた。
「あ、すぐ遊ぶこと考えるんだから。」
「だって、今年の夏は理佐がいるから、いつもとちょっと違うんだもん。楽しみじゃん。」
「ふふ。そうだね。何しようか。」
「あのさ、お盆におばあちゃん家に帰ろうと思うんだけど。それで、その・・・。理佐にも来て欲しくて。」
「え。私も?でも、おばあちゃんだけじゃなくて、いとこ家族も住んでるんだよね?」
「従兄弟とは、玄関が別々だから。」
小学3年生の時に母を亡くして以来、中学までは祖母と叔母夫婦と住んでいた。高校になって上京して寮に入った。
「あとね。昔、ある場所で不思議なことが起きて、そこに理佐を連れていきたい。」
「不思議なこと?」
「丘の上の隠れた場所にひまわり畑があるんだけど、それがとっても綺麗なの。でも、一度だけ一面が血のように真っ赤に染まったことがあって。」
「何それ、こわいんだけど。」
「そこに、白い服着て、白い女優帽をかぶった女の人が立ってたの。たぶん、あれはオバケ。」
「ちょっと待って!怪談話しようとしてる?聞いてないんだけど」
「で、そのオバケがね、拳銃を持っていて、私に向けたの。カチカチカチって銃弾のルーレット。それから・・・バン!」
「やだ!」
私は怪談話はそんなに得意ではない。
オバケが出るのであればも、そのひまわり畑に行くなんて絶対に嫌だ。
「撃たれた!なと思って目を瞑ったんだけど、体に異変はないから、暫くして目を開けると。オバケは消えてたね。でも、確かに一面は赤いひまわり畑だった。」
「やめてよ、そういうの幽霊とか無理だから。」
「大丈夫だよ。あれは幽霊じゃなくて、オバケだから。」
「何が違うの?」
「オバケは友達。アリさんと一緒。」
「アリも友達なの?」
「そうだよ。でもお化けも血塗れのひまわり畑も私が見たのはある年の一回だけ。あとは毎年、普通の黄色いひまわり畑だよ。」
オバケに会うのは、勘弁してほしい。
だけど、友梨奈の実家には興味がある。文字の読めない彼女が、わざわざ1人で、しかも都会暮らししているなんておかしいと思っていた。苦労が多いのはわかっているはず。それなのに母の実家を出たのには、それなりの理由がありそうだ。
人ん家の事情に首を突っ込むつもりは、もちろんないが、知っておかなければならない気がする。
「友梨奈行こう。おばあちゃんの家に。」
「やったあ!」
手を軽く払ってから、頭をすり寄ってきた。
まるで、猫だな。
こうして始まった大学1年の夏休みは、謎解きゲームのように次々と私たちに難題を与えるのだった。