my summer #002 (てちりさ)



友梨奈は不安そうな顔で、新幹線の窓から都会が走る景色を見ていた。彼女と遠出をするのは初めてだ。旅行先が母の在所になるなんて、私たちってやっぱ感覚ずれてるよね。


静岡に入ると、トンネルが多くなり友梨奈は私の肩に頭を乗せて、あくびをした。



「眠い?寝ていいよ。起こしてあげるから。」


「うん。でも、眠いわけじゃない。なんか緊張してきてあくびでた。」


「何それ。」



友梨奈は口数が少なくなり、何だかソワソワしている。実家に帰るのに緊張しているなんて、家族の人物像が見えてこない。


電車を乗り継いで、とある田舎町へ。ここに友梨奈は、母親が亡くなってから6年間住んでいた。

最寄は無人駅で改札はなく、切符は回収箱なるものに入れた。駅を出ると、目の前に交番と一軒の古びた商店が並んでいる。コンビニは近くにないらしい。少し歩くと、まるで青春映画の舞台のような田園風景が広がっていた。



「お化けの出るひまわり畑は、家に荷物置いてから見にいこう。」



東京バナナを片手に、ガラガラとキャリーを引いて歩く。定番のお土産を持って、はじめての里帰りって感じだね。



「理佐が、ここにいるなんて不思議。こんなモデルみたいな人いないから、みんなびっくりしちゃう。」


「そんなことないでしょ。」


「あのパンツが見えるスカート持ってきてないよね?」


「え?ミニスカートのこと?もちろん持ってきたよ。明日にでも着ようかな。」


「ねえ、持ってこないでって言ったのに!」


「だってあれ着ると友梨奈心配してくれるから、嬉しいんだもん。」


「痴女!」


「あら。どこでそんな言葉覚えてきたんですか?」



緑の稲が風に揺れる畦道。この場所に響く、セミの声はなぜか心地いい。夏休みの前に、ずっと憧れていたライカのカメラを中古で買った。ここには被写体がいくらでもありそうだ。



「ひとりぼっち〜おそれず〜に生きようと〜夢みてた〜。」



日本語訳のカントリーロードを歌う友梨奈をファインダー越しに覗く。


友梨奈ってジブリ感あるよね。

耳をすませばっぽいっちゃ、ぽいし。

もののけ姫っぽいっちゃ、ぽいし。

風の谷のナウシカっぽいっちゃ、ぽいし。

となりのトトロっぽいっちゃ、ぽいし。

ポニョっちゃ、ポニョだよね。



「まあ、高畑勲か宮崎駿なら宮崎駿かなぁ。」 


「あ、おじいさんだ。」


「え、嘘!みやさん!?」



前から、80歳くらいの杖をついた宮崎駿を彷彿とさせる老人がこちらに向かって歩いてきた。境目なく顔を覆う、白髪の髭と髪の毛が大御所感を漂わせている。



「あの方、友梨奈のおじいさん?」


「違うよ。近所の人。」



おじいさんは、友梨奈の顔を見なり嬉しそうに話しかけた。



「ああ、お嬢ちゃんか。久しぶりだね。最近見ないから寂しかったよ。」


「久しぶり。私、東京の高校に進学したんだよ。だから、今東京に住んでる。言ってなかったけ?」


「それは知らんかった。お嬢ちゃんまで遠くへ行ちゃあ、寂しいよ。」


「てことは、今年も娘さん帰って来てない?」


「ああ、帰ってこないねえ。」


「じゃあ、あの金庫も開けられない?」


「ああ、金庫も開かない。壊すことも考えたが、いっその事捨てようかなと思っとったところ。」


「捨てるのはもったいないよ。お宝が入ってるかもしれないんだから。」



近所に住む、そのおじいさんの家には開かない金庫があるらしい。20年前に亡くなった妻の書斎で見つけたそうだが、誕生日や結婚式、思いついた数字を入れても開かないらしい。


もしかしたら、5年ほど前にどこかへ行った娘が知っているかもしれないというのだが、その娘とは連絡がつかないそう。友梨奈も何度か、おじいさんの家に訪れて試したが開かなかった。



こっちにいる3日間のうち、どっかでおじいさん家遊びに行くね。」


「いつでも、おんさい。」と、てきとうな約束を交わし、おじいさんとは別れた。

それから、程なくして祖母の家の前に着いた。



「理佐、着いたよ。」


「友梨奈、大丈夫?緊張してるの?」


友梨奈の顔を見ると、少し強張って見えた。

私にも緊張が伝わる。一体、どんな家族なんだろう。


ピンポーンとインターホンを鳴らすと、ドタドタドタと何人かの足音が聞こえる。

「友梨奈かい?ドアは開いてるよ。」とすこし老いた女性の声がした。



「久しぶり。」



ガラガラと玄関の引き戸を開けると、ニコニコと笑う祖母と叔母、いとこが迎えてくれた。叔母は裸足で飛び出し、友梨奈に飛びついた。



「ゆりちゃん、よお来んさった。おばさん、この日をどのくらい待ちわびとったか。あ〜まあ、エラいかわいらしい美人さんになって。この可愛いドレス似合っとるね。お姫様みたい。」


「これ、理佐が買ってくれたの。」


深緑のロングワンピース。私が友梨奈に買ったもの。決してドレスなんて大それたものではないけれど。

友梨奈の頭をなでながら、叔母は私に視線を変えた。



「あー、ゆりちゃんの大事な人って女友達かい。おばちゃん、彼氏だと思って余計にお化粧しちゃった。」


「渡邉理佐です。」


「りっちゃん、まあ、モデルさんみたいな子やなあ。都会の子はみんなこうかい。」



すると、祖母は叔母をはたいて、友梨奈から引き離した。



「コラ、理佐ちゃんが驚いとる、かわいそうに。もう、友梨奈のことになると、あんたはどうもいかん。ホラホラ、友梨奈も理佐ちゃんも、上がんな。」



従兄弟は2人姉弟で、友梨奈と同い年の2番目の長男も出迎えてくれた。



「よお。」


「ダイスケ、久しぶり。」


「荷物持とうか?」


「えっ何?どうしたの?」



そういうと、さっと私と友梨奈のキャリーケースを居間に上げてくれた。



叔母はニヤニヤしながら言った。

「この子ったら、ゆりちゃんが大事な人連れてくって聞いた日から、もう毎日機嫌悪くて大変やったんやから。よかったね。女の子で。」


「はあ!?俺は最初から女友達だって言っとったし。そもそも友梨奈に彼氏なんかできるわけないだろ!」


「酷くない?わかんないじゃん。いるかもしれないじゃん。」



こんなに手厚くおもてなしをされるとは思っていなかった私は、親戚の明るさに呆気にとられていた。

友梨奈、めちゃくちゃ愛されてんじゃん。つか、私、これじゃアウェーだよね。



おばあちゃんは、お昼はそうめんにするからと、キッチンへ向かった。居間の机には、お茶とおまんじゅうと、なぜか漬物も並べてある。これが田舎のおもてなしか。



「理佐さん、これ、うちのばあちゃんが漬けたやつ。おいしいから食べてみて。」



ダイスケくんが、ズッキーニの漬物を差し出した。



「ズッキーニの漬物。あんま東京じゃみーへんのやない?理佐ちゃんは、生まれは東京?」


「いや、私は茨城です。大学生になってから、東京で一人暮らしをしています」


「理佐はね、藝大生で絵がすごく上手いんだよ。」


「ゆりちゃん文字読めないから、いっぱい迷惑かけてるでしょ?」


「いえ、全然。一緒にいて毎日すごく楽しいです。」


「理佐ちゃんは優しいね。ゆりちゃん、文字、苦手だけど、才能はいっぱいあるのよ。おばさん、ゆりちゃんには表舞台に立って欲しくて、この家出るまでバレエをやらせてとったよ。本当に綺麗だったんだから。」




なるほど。だから、絵画のモデルをやったときに堂々としていたんだ。見られることには躊躇ないんだ。



「ごめん。辞めちゃって。」



友梨奈は叔母に、軽く頭を下げた。



「いいのよ。6年間で写真やらビデオやら、いっぱい残したから。おばさんの宝物。理佐ちゃんにみせてあげる。」


「ヤダヤダ。無理。本当にやめてー!」



おばさんの友梨奈への愛は、異常だ。重たすぎる。もしかして、これが原因で家を出たのかな?そんな、まさか?


すると、そこへ従姉弟の姉が帰って来た。




「ただいま」


「あ、姉ちゃん帰ってきた。」


「アカネちゃん・・・。」



私はその瞬間の、友梨奈の怯えるような顔を見逃さなかった。