my summer #004(てちりさ)
「友梨奈は行かなくていいから。」
「でも」
「何?また消しゴムの話?」
正直、アカネさんにそこまで怯える理由はわからない。友梨奈の友人だからって、はじめましての人に危害を与えることなんてことないでしょ。
「友梨奈じゃあ、ゲームをしようか。アカネさんに浴衣渡してる間に、私が作ったイギリス史の有名人の表から10人の名前覚えて。」
夏休みの前に、文字の苦手な友梨奈のためにいくつかの教材を作ってみた。
「私が戻ってくるまでに、10人覚えられたら欲しいもの買ってあげる。どう?」
「欲しいものないもん。」
「じゃあ、それも戻ってくるまでに決めといて。よーい、スタート!」
友梨奈が慌てて、イギリス史の表を取りに行くのを確認し、私はアカネさんの部屋へ向かった。
ノックをすると「誰?」と冷たい声が返ってきたので、陽気な声で「理佐です」と答え、部屋に入った。
「勉強中にすみません。浴衣、返しにきました。叔母さんが友梨奈に着せようと、部屋から持ってきたみたいで。」
「友梨奈は着てくれなかったの?」
「無断で使ったら良くないって。」
「そう。よく出来た子。私の服、お下がりでも、着ないようにしてるみたい。」
してるみたいっていうか、そうさせてるのはあなたでしょ。
私は机の上に、浴衣を置いて立ち去ろうとした。すると腕を掴まれて、アカネさんに引き寄せられた。
「理佐さんって本当に綺麗だね。誰か芸能人に似てるって言われない?」
「い、言われたことないです。」
「ほんと?」
甘えた声でそう言いながら、私の前髪をかき分ける。捕らえては離さない、そんなアカネさんの視線に背中が、ぞくぞくとした。
「あ、そうだ。勉強教えてよ。だって芸大って国立のでしょ。じゃあ、頭もいいんだよね。どんな勉強のやり方したの?教えてよ。ねえ、理佐さん。」
「わ、私、勉強を教えるのは苦手で。ごめんなさい。・・・そうだ、休憩は1時間に一回はするといいですよ。じゃあ友梨奈が待ってるんで行きますね。」
「また、友梨奈・・・。」
「受験勉強、頑張ってくださいね。」
居心地が悪くなり、私はすぐにアカネさんの部屋を後にした。「また、友梨奈・・・」から読み取れることはたくさんある。少しずつ、浮き彫りになってきた。
友梨奈に気づかれないよう居間に戻ると、彼女は歴史上の人物を懸命に覚えていた。まだまだ時間が必要そうだったので、私は夕ご飯を作るおばあちゃんの手伝いをするため、静かに台所へ移動するのだった。