my summer #006(てちりさ)
ゆらゆらと陽炎がゆれる。灼熱のアスファトを友梨奈と2人で歩いている。彼女がどうしてもひまわり畑を見つけたいというので、再びあの丘に来ていた。
それにしても、今日も暑い。
「絶対あるから!毎年あるから!」
「ひまわり畑って、こぼれ種じゃできないと思うよ。誰かが植えなきゃ、育たないでしょ。この辺り人が入った痕跡はないし、今年は植えてないんじゃない?。」
「あーもう。理佐、約束でしょ!世界史の有名人の名前、10人覚えたんだから。私の願い叶えて。」
「だからって、ひまわり畑を見つけるなんてさ、ないもんはないんだよ・・・。」
アカネさんの部屋に浴衣を届けた時、友梨奈は約束どおりイギリスにでる英雄の名前を10人覚えていた。
まあ、私があえて戻る時間を遅らせたから、不正もいいとこだけど。このまま、昨日みたいに1時間も歩けば、熱中症で倒れてしまう。なんとかして、友梨奈を止めなければ。
伸びた雑草が、腰まで伸びている。「素手で草をかきわけると指を切っちゃうから。」と注意しても猪突猛進に突っ込み、聞く耳を持たない。
その時だった。
「わあ!オバケだ!」
「嘘でしょ!」
オバケ!無理!まだ死にたくない!
こういう時は!お尻を叩きながら・・・。
「びっくりっするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!」
「何それ?」
「友達に昔こうするといいって聞いたああああ!」
すると、ススキの影から声が聞こえた。
「ああ!なんだお嬢ちゃん。」
「あ、オバケがしゃべった。」
「オバケじゃないよ。勝手に死なせんでくれ。」
片目をそっと開けると、昨日実家までの帰路で会ったおじいさんが、腰掛け用にちょうどいいサイズの岩の上に座っていた。失礼な話だが、その姿はオバケというか。まるで、妖怪・・・。
「なんだ。オバケじゃないのか。おじいさん、こんなところで、何してるの?」
「ここは私の土地だからね。ちょっと様子を見に来ただけだよ。」
「えー、知らなかった。じゃあさ、この辺りにひまわり畑あるの知らない?」
「今年はないよ。植えなかったから。」
「あれ、おじいさんが植えてたの?」
「ああ、毎年こっそりな。こんな丘の上誰もこんから、お嬢ちゃんが見に来てるなんて思わんかった。今年はひまわりの種を保管していた納屋が燃えてしまったから植えるのを辞めたよ。」
「えー。」
「すまんなあ。楽しみにしとる人間がおるんなら、種を買いに行ったんだが、自分のためだけでは、もう歳でそんな気力せんよ。ああ、代わりと言ってはなんだが、お歳暮にアイスが届いたんだが、それで機嫌を直してくれんかね。」
「わかった。それで我慢する。」
顔見知りとは言え、おじいさんへの当たりにヒヤヒヤする。
なんで、こんなに上からなの?
「こら、友梨奈。言い方があるでしょ。」
「友梨奈か…お嬢ちゃん、友梨奈ちゃんって名前だったんかね。いいんだよ。友梨奈ちゃんはわざとこうして、いつも、この老いぼれに構ってくれとるんだ。優しい子だよ。」
そう言って友梨奈は立ち上がろうとするお爺さんの手を取り支えた。
「はい。杖持って。ねぇ奥さんの金庫開けたらさ、半分山分けね。」
「ああ、いいよ。宝石だったら、全部友梨奈ちゃんにあげよう。」
「やった!全部売って現金にしよ。」
「あれれ。」
おじいさんの名前は浦野さんといい、尾張源氏のお侍さんが祖先だそう。
家は、築100年。古き良き原風景を残したような古民家だった。ところが中は洋風に、リノベーションが施されており、カフェのようなおしゃれな空間が広がっていた。
バスキアを感じる、ちょっと異端な絵が飾られており、1面の壁は木造の棚。本やレコードが隙間なく並べてある。
いいなあ。こんな老後、なんか憧れる。
モノクロの男女の2ショット写真が飾られている。カップルにしては女性が老けている気がする。これは、誰だろう。
しばらく眺めていると、浦野さんが話しかけてくれた。
「不思議かな?これは、私と妻だよ。妻は15歳歳上だったからね。少し私より老けているだろ。20年前に77歳で亡くなったよ。まぁ、私はもう妻の亡くなった歳を優に超えてしまったがね。」と浦野さんは、苦笑いした。
「ねえ、おじいさん!雨戸開けるよ」と、友梨奈は窓に手をかけた。
「先週は雨が降っていたからね。開けてくれると助かるよ。」
「ほい!」
浦野さんといるときは、友梨奈はなんだか楽しそう。「浦野さん好きでしょ」と聞くと、「見た目、サンタさんっぽいから。」と言った。
種類があるからと、お歳暮のアイスを箱ごと持って来ようとする浦野さんに友梨奈は駆け寄り、私が持つと箱をぶっきらぼうにぶんどった。友達のヒカルちゃんが言っていた彼女の不器用な優しさが、なんなくわかった気がした。
「一人だから、お歳暮を減らすのが大変だよ。友梨奈ちゃんは、どれがいいかな。」
「えー。どうしよう。これにしよ!キャラメルアイス。」
「ひとつといわんで、いっぱい食べなさい。」
「じゃあ、あとこれと。これと。それから・・・。」と、いくつものアイスに手をつけるので、「そんなにだめだよ。」と注意すると、浦野さんは友梨奈が食べたがっているアイスを全て箱から取り出した。
「いいんだよ。理佐さんも好きなだけ食べなさい。」
「じゃあ、バニラとチョコミントいただきます。」
浦野さんは、 BGMにレコードをかけてくれた。ベニーグットマンのシングシングシング。ビールのCMなんかでお馴染みの曲。夏にはピッタリだ。
山奥の田舎に来たはずなのに、ここだけ異空間。
場末の喫茶に訪れた気分に酔いしれる。
「べニーグットマンいいですね。ジャズがお好きなんですか?」
「レコードは妻の趣味だったもんで、私は有名どころしかわからないですが、べニーグットマンと、グレンミラーは好きですね。」
「わかります。でも、私レコードで聞いたのは初めてです。すごく素敵な音。」
浦野さんと、レコードの話で盛り上がっている間、友梨奈は奥さんが残していったという金庫をいじっている。
カチカチカチ・・・。
耳を当てて音を聞きながら回しているが、そんなの意味あるんだろうか。
金庫は2桁の数字を4つ入れるもので、可能性のある数字は入れてみたが開かなかった。もしかしたら、誤作動で閉まってしまったのかもしれないと浦野さんは言った。
えーと、パターンは10000000だから10秒で1回、回すとして、開けるのに費やする時間は1億秒!?って何時間分?何日分?開けてあげたい気持ちはあるけど、さすがにこれは無理だよ。
浦野さんも、友梨奈には期待していないようだった。
「友梨奈ちゃん、開かんかね。」
「うーん、無理だね。」
「じゃあ、こっちに来てレコードを聞かないか?」
諦められた金庫は虚しく、再び布が被さり、文字通りお蔵入りとなった。すると、
「あっ、ねえ、おじいさん。私聴きたい曲あった!」と友梨奈はレコードを漁った。
「曲の名前はわかるかな?」
「あー。わかんない。」
「レコードにある音楽なのかな?」
「わかんない。ないかも。お母さんの部屋にあるCDなんだけど。お母さんが好きだったアルバム。でも、タイトルが読めなくてどんなアーティストが歌っていて、どんな歌詞かはわからない。理佐に聞いてもらう。」
好きな曲には、その人の人となりがわかる気がする。
「いいね。友梨奈のお母さんが好きな曲なんだろう。聞くの楽しみ。」
私たちは、レコードに黄昏ながら時を過ごした。
気づけば、あっと言う間に本当の黄昏時。昨日とは違い、有意義な1日を過せたと思う。
このまま、夜まで穏やかに過ごせたらいいな。