my summer #010 てちりさ
「私はただ。私はただ…理佐さんに友梨奈をとられたくないだけ!」
「え?」
アカネさん、さすがにその冗談は笑えんよ。
いじめていた相手への気持ちが変化球のように曲がり、キャッチャーミットに収まった。
今年の夏の甲子園は非常に痛快である!
「毎日、どうやって友梨奈を脅かしてやろうって、そんなことばかり考えてたのに、急にいなくなったらさ。何もやることなくなっちゃうじゃん。」
「ほ、ほう。」
アカネさんはアイスティーを再び手に取り一気に飲み切ると、氷だけになったグラスをおでこに当てた。
「友梨奈がいなくなってから、好きなことやろう、自分のために生きようって思ったけど、友梨奈がいない生活・・・。喪失感っていうのかな。何をしてもぬぐえなかった。」
報復できる相手が消え、日々に刺激がなくなり、その相手に愛情が生まれてしまった。私はこの素晴らしく、滑稽な物語に鼻で笑った。
拍手して称賛を送ろうかと思ったけど、友梨奈の顔がふと浮かんでやめた。
「最低でおかしな話。つまりは、アカネさんは友梨奈のこと好きになっちゃったってことでいいのかな。」
「うーん、かもしれないけど。だとしても言いたくない。ただ、理佐さんに懐いてるのをみて、腹が立った。私が友梨奈のお姉ちゃんなのに。」
「まあ残念ながらアカネさんよりは、私のことの方が好きだと思うよ。友梨奈ちゃんは。」
「わ、わかってるよ。まだ、彼氏連れてきた方がマシだった。まさか、私と同い年の女の子連れてくるなんて。」
アカネさんは、いじめた代わりに心を友梨奈に弄ばれた。意外な因果報酬。
私は、まだ半分以上残っているアイスティーをアカネさんの前でストローをまわし、わざと氷の音を立てた。
「友梨奈、お風呂入ったかな。ドライヤーで髪ちゃんと乾かしてるかな。」
「ヤメて。そんな事、理佐さんが気にする事じゃないでしょ。こ、これ以上友梨奈に近づいたら、2人を引き離してやるから。」
「無理だよ。アカネさんみたいなのがいるから、愛は燃え上がるんだよ。」
「ずるいよ。私だって・・・。私だって友梨奈に愛されてみたい。」
私は、大きなため息をひとつついた。アカネさんは、「ため息つかないでよ。」と泣いてしまった。どうやら冗談ではないらしい。憎くて仕方がなかった人に、許されたい。愛されてみたいなんて。
「もう、どうしたらいいかわからない。全部1からやり直したい。」
「今日までの猛烈アタックは、私への愛じゃなかったんですね。飛んだピエロだよ。」
「ごめんなさい。でも、理佐さんのことも好きです。」
「まずさ、そういうのからやめない?素直になりなよ。」
そうか、全ては友梨奈への愛か・・・。
「ねえ、アカネさん。まさかとは思うけど、ビートルズのアルバム友梨奈と買いに行こうとしたのって本気?」
「アルバムのタイトル、リボルバーって知ってたし。1日だけでいいから、一緒にいたかった。それに、そしたら理佐さんとのデートも1日潰せるでしょ。」
「いや不器用かよ。あれ、本当に落ち込んでたからね。」
「まさか、理佐さんがアルバム当てるなんて思わなかった。ただあなたの株が上がっただけになった。」
「そうだね。それはありがとう。良いものも見れたしね。でも、やり方がさ、少し違うんじゃない?」
「わかってるけど、どうしようもないじゃん。誠心誠意謝ったって友梨奈が許してくれることなんか、生涯ないよ。だから、もう・・・。」
許してくれることなんかない・・・か。
あー。今、余計なことを思い出しちゃった。
春の終わりに友梨奈が私に言った、家を出た理由・・・。
「そういえば、前に友梨奈が言っていたことを思い出しました。あなたに関係あるかはわかりませんが、自分が生きている限り、苦しんでいる人がいる。だから家を出たんだって、そう言ってました。」
「友梨奈が?」
「許されたかったのは、あなただけじゃなかったみたいですね。」
6年間の溝は埋まらないかもしれない。小さい頃に与えられた苦しみは、いつだってフラッシュバックする。だからと言って、私が間に入って2人の中を取り持つなんて、おかしなことだ。それに自分たちで解決しなきゃ、成長できないでしょ。私ができるのは、ヒントを与えてあげること。
私は昨日から机の上に置きっぱなしになっていた浴衣を、アカネさんの膝に置いて部屋を後にした。
「理佐!どこ行ってたの?」
お母さんの部屋に入ると、布団の上でうつ伏せで寝ていた友梨奈が顔を上げた。私がアカネさんの部屋にいる間に、お風呂から上がってパジャマに着替えていた。
「ん?お散歩。友梨奈とちょっと離れたくて。」
「え。何で。」
正直、アカネさんの気持ちはわからなくもない。かわいいから、いじめたくなるんだよね。
「だって、いつでもぴとぴとくっついてくるし、もの食べると口の周り汚すし、雨の日は傘ささないからずぶ濡れで部屋入るし。そんなのと3日間一緒に暮らすのは息苦しい。」
「そんなあ。」
「って思ってたんだけど、すぐ会いたくなって戻ってきちゃった。」
友梨奈を起こして、抱きしめ胸に顔を埋めた。お風呂上がりの体はポカポカとしてあったかい。身体から柔軟剤とは違う、友梨奈特有の甘い香りがする。最近は楽しいときも、悲しいときも、常にこの香りがある。
彼女の言動で一喜一憂している私の回転軸には、アカネさんの言った通り、友梨奈がいるんだろうな。
「どうせ、私はバカですよ。」
「何?どうしたの?理佐〜!くすぐったい!やめて〜」
このまま、友梨奈の身体に入って、そうして、ひとつになって守ってあげたい。この感情は何だろう。
「んー、かわいい。友梨奈好き。」と、たまらずに耳の後ろあたりの首筋に唇をあてがった。
「んあ、今チューした?」
「ん…。友梨奈…。」
同じ場所にもう1度。
その時だった。
「2人ともお風呂あがりにアイス持ってきたよ。…あ。」
叔母さんが部屋のドアを開けた。
これは、なんともまずい状況。
「ゆりちゃんたちって、もしかして櫻の園みたいな。その…。レ…。」
「いや、違う違う違う!」と慌てて友梨奈を身体から引き離す。ところが、私の服から手を離してくれない。
え、なんか私だけ図星みたいじゃん。
「いいよ。隠さなくたって。りっちゃん、おばちゃんにはわかるよ。わかる。わかる。ゆりちゃんがいいなら、私はいいと思う。若いうちはね、色々冒険したくなるものよ。」
「いやいやいや!」
「ゆりちゃん、今すごく綺麗よ。ほっぺた赤くしちゃって。ねえ、りっちゃん。」
「これは、ただ友梨奈がお風呂上がりだからです!」
「こう見ると、りっちゃん王子様みたい。キュンキュンしちゃうわ。なんか、良いもの見ちゃった気分。ごめんなさいね。アイスここ置いとくから、溶ける前に食べてね…って、その前にゆりちゃんが溶けちゃうか!」
「ちょっと!」
叔母さんは、なんかうまいこと言ってる風に言葉を残し、ドアを閉めていった。
「叔母さん、早口でほとんど聞き取れなかった。理佐のこと王子って言ってたね。」と友梨奈は、呑気にアイスを口にした。
この事件をきっかけに、私はこの家で友梨奈の王子として、厚くもてなされるのであった。