淋しいのかイヤホンで音楽を聞いていても、
こちらを向き返事するまで待っている。
玲子さんにとっては、気楽な実家も引越し
せざる終えない状況になった。
ミホはつくづく女は損だと思う。ちょっとした
ボタンのかけ違いで、まるっきり違う転落人生
が待っている。現にミホがそうだ。
短大を卒業し、大企業の役員秘書として勤め
ていた。25歳の時、元旦那の公平と知り合い
結婚した。結婚してからも3年近く仕事を続け
もう大丈夫だと思って、主婦業に専念する事
に決めた。前々から、家庭に入って欲しいと
公平からお願いされていたのだ。
それなのに11年経って、突然の離婚になった。
あの時、仕事を続けて入ればと悔やまれる。
これがもっと若い時なら、まだ傷は浅かった
だろうが、先は予想出来ないのが現実だ。
今の自分が置かれた立場を、3年近くかけて
好転させようと躍起になっている。
もう、再婚とかも考えず自分の足で立って行く
人生が一番無難だと気づいた。
とにかく、ブラック企業からブラック企業への
転職だけは避けたいのが本心だ。
約8時間に及び会社にいるのに、多少なりとも
職場環境が悪いと長続きしない。
あーと言う前に50歳を過ぎ何も残らない。
現実を直視した時、言いようのない不安に
苛まれどうしようもない。
きっとなんとかできるとボジティブな意識
を持って挑むと決意した。
最近、理事長の様子がおかしい時がある。
誰も居ないのに廊下で誰かを発見したか
のような驚きがあったり、待ってくれと
呼びかけたりもする。
ミホが「誰も居ませんよ。」と言うと
落ち着くのだが幻覚を見てるように感じ
る。あまりよくない幻覚に怯えている。
多分、 何かあったことは間違いないと
さえ思う。後ろめたい何かを感じる
理事長が「父さん。」と叫んでる時に確信を
持った。
誰もいないのに向こうを見つめ硬直している。
瞬きせずにじっと見つめ震えている。
ミホは何度か瞬きしたり目凝らして見たが
やはり誰もいない。
幻覚は決まってお父さんだ。
2週間過ぎ仕事にも慣れた。理事長が出かけると
1人で留守番の気楽な仕事だった。
やる事と言ったらメールチェック、電話など
が主で書類作りものんびりしたものだった。
それでもここは、いわくつきだから辞めた
いのが本心だった。幻覚イコール幽霊だし。
理事長がボケて来てるのもあるが、見え
るのも否定出来ない。
ミホは幽霊は見えないけど、只ならぬ
雰囲気は感じてしまう。
悲しいという感情と虚しさもある。
理事長のお父様について、玲子さんに
聞いてみた。
20年前に行方不明になってそれっきり
連絡も知り会いが会ったとかも無しだ。
理事長の母親もなくなり手掛かりが無い。
特に不審な点もなく、行方不明で捜査は
終了したらしい。
今も生きていると言うことは無いだろう。
理事長が80歳なら、100歳は超えていること
になるし、それは考えずらい。
何か理由があって出て行って、事故にあった
かもしれない。最近になって頻繁に父親の
幻覚を見て怯える姿が気になってならない。
家に帰るとホッとする。
仕事が終わって週末金曜の夜
心から幸せを感じる。
ミホは、会社から3つ離れた最寄り駅から
10分離れた所に、マンションを借りた。
実家は地方で離れているし、都会の
生活に未練があった。
それに今更、実家に戻った所で心配を
かけるだけだし、1人が気楽。
悲しい時は、思う存分に泣けるし、
夜遅くに出かけても、咎められない。
自由を手に入れた。
冷たいアイスコーヒーを飲みながら、
自分で焼いた出来立てマフィンを頬張る。
ホカホカして、完璧な出来だった。
今日は、スライスアーモンドを乗せて
飾って香ばしさアップ。
「店に売ってるマフィンのようだ。」と
公平が良く褒めてくれた。
ちょっとした事で、公平の事を思い出す。
やっぱり若い子が好きなのか、子供が
欲しいのかなど。疑問は尽きない。
でも、一時期よりはだいぶ落ち着いた。
本当は、離婚を言い渡された時、自殺した
かった。でも両親が生きているので死ね
なかった。やはり年老いた両親には、気を
使う。