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mellow

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東北で大震災が起きたあの日、
何が起こったのか把握し切れてないまま伝えられる地震速報の、震度の数字の大きさに目と耳を疑った。


いったい何が起こっているのだろう。


次第に明らかになる惨劇。止まらない揺れ。


テレビから映し出されるあまりのショッキングな情報と映像に、

一人家にいたわたしは心細くてたまらなくなった。



日本が終わってしまう。本気でそう思った。




関東も、被害があったと聞き、
急いで関東の友人に安否確認のメールを送る。


回線が込んでいたからかなかなか返信がない。

ようやく帰ってきた1人の友人からのメール。


「東京、大パニックよ」


友人は無事だったが、
揺れる感覚が続き目眩のような症状に悩まされていたそうだ。



幸いなことに、私の知り合いはみんな無事だった。


ただ、テレビでは、
信じがたい悪夢とも言うべき状況が連日ひっきりなしに放映される。

テレビをみるたび胸がつまった。

被害状況を知るたび悲しみに襲われる。


1人、テレビをみていると、
心細さが乗り移ったみたいに、
涙が止まらなかった。


精神的に参ってしまい、しばらくテレビをみるのをやめた。



みるのをやめても、被災者の方の事を日々考える。


心も、家も、大切な人も、大切な思い出も、夢や希望も、

たくさんの事が、
なんの前触れもなしにこわれてしまった絶望感を思うと虚しくてやりきれなかった。



わたしは被害を被っていない。
所詮綺麗事を並べているだけ。
わかったような気になるな。
しがない私に何ができるだろう。

ぐるぐる頭を駆け巡る様々な思いと、
まだ3月だから寒く、手足が増える。


この毛布を、届けてあげたい、
せめて体だけでも暖かく…

また涙。


わたしに出来ることなんて限られていた。





そんな日々を送る中、
私は久しぶりに、
YouTubeでイースタンユースの矯正視力〇・六という曲を聴いた。


辛い時苦しいとき、何度となく、負けるな、と私を励ましてくれたこの歌。


久々に聞いてみたら、すとんと心の奥に入ってきた。やっぱり応援歌だった。

それも、わたしだけじゃなく、日本を応援する。



「何回だってやり直す」
「何回だってやり直す」
「悲しみなんて川に捨てる」





傷ついた心や土地や思い出や。


何回だってやり直せばいい。


もちろん容易ではないだろう。


ただ、傷ついて、何度となくやり直して、この国は再生してきた、のだと思う。


囁くように、時々叫ぶように歌う優しい歌をきいて、わたしは少し勇気をもらった。



大丈夫。何回だってやりなおせる。





あんなに寒かったあの日から早数ヶ月。

雲の陰に隠れて、人々を凍えさせた太陽は、
じりじりと肌を焦がすような強い日差しにかわった。


もちろん、まだまだ、だろう。


まだまだ、被災者の方にとって不便な暮らしだろうし、
不安も消えた訳じゃない。





ただ、生きていれば、なんとでもなる。


やり直せばいい。





わたしはと言えば、
相変わらず失敗しながらも、


萩の月をほおばる母の幸せそうな顔と、

口の中に広がる優しい味と、

お菓子をおいしく食べられる余裕のある、
平和な午後の昼下がり。



それを噛み締めるとたまらなく幸せで、また涙がでそうになる。





仙台の風が、瀬戸内にまで届いてるよ。


萩の月、とってもおいしいです。


どうか、どうか、希望をすてないで。
何回だってやり直す
悲しみなんて川に捨てる
本当は内ポケットに仕舞ったままだ
仕様がないから連れて歩く
午後の陽が陰って来て
俺は目を挙ぐ
何も見えちゃいないが

朝な夕なに俺たち独り
あんな街 こんな街さ
其処で風をみたり 月を見たり、さ
擦れ違って
すぐ見えなくなる

携帯電話を破壊して
漸く世界と繋がった
馬鹿な俺は何時でも爪先立ちで
ヘッドライトに怯えて歩く
遠くで犬が吠えている
俺は手を振る
誰も振り向きやしないが

ビル間に夜に雨は落ちて
あんな人 こんな人さ
其処で夢を見たり 花を見たり、さ
四つ角でまた見えなくなる

何回だってやり直す
何回だってやり直すんだ
静かに朝がやって来て
それを迎えて涙をグッと飲み込んでいる
ホームの一番電車にはわざと乗らずに
赤い空を見ていた

夜明けに雲が燃えて光って
横顔滲ませるんだ
そして俺は右に 君は左、さ
振り向けばもう見えなくなる


矯正視力〇・六/eastern youth



この曲を聴くたび、
優しさに涙が出そうになる


「何回だってやり直す」


囁くように繰り返されるこのフレーズに
何度救われたことか。






先日、母が、広島のデパートの物産展で、
仙台銘菓「萩の月」を買ってきた


萩の月は、東北でしか売ってないから、
本当だったら広島じゃ買えない。


なんで買えたかというと、
被災地復興支援のために、
東北各地の銘菓や名産品を、各地で売り出しているかららしい。



何十年も前、
仙台に旅行に行った際にお土産で買って以来、
萩の月は母の大好物になった。



「わたし、全国各地色々なおみやげがあるけど、一番好きなお菓子かもしれない。」


母は、それはもう嬉しそうに萩の月を食べていた。



わたしもご相伴にあずかったのだけど、
初めて食べた萩の月は、
まんまるで優しい味。





食べながら、遠く東北は今どんな状況なのだろう、と思いを馳せる。