今日はちょっと暖かく、桜もほころび始めました。

朗らかに散歩してきました。
ちょうど昨晩、大学受験をしていた姪のサクラサク報告も聞けて、ちょっとウキウキしました。
やりたいことがやれる環境に身を置けるんだなと思うと、本当によかったなあと思います。
自分が大学に合格した時ってどうだったっけ?と思い出そうとすると、もはや30年近く前。
懐かしいなあ。
桜が咲くたびに思うのは、東京に来てからの日々。
あれから7年経ちました。
けれどちょっと前まで、「東京に来て8年」とマシマシで言ってました。
そう、だんだん分からなくなるのです。
27歳くらいの頃は、自分の年を28歳と言っていたことがあったので、
どうやら私は、7と8くらいの違いがよくわからなくなるようです。
7年かあ。あっという間だなあ。
わたしはエンターテインメント業界で働いているという話をしたことがあると思いますが、
まあ、昨今のウイルス事情ではかなり打撃を受けております。
不要不急だと言われる業種。まったくもって心外です。
人の心が荒れたときに一番必要なのは、娯楽じゃないか!と心の中で思ってます。
ある演出家が、このままでは演劇の死を迎えるという声明を出した時、かなりの批判が来たという。
きっとそんなのは想定内で、そんなガヤよりも大事なものがあったんだと思う。
その声明でかなりの人が救われたから。
批判している内容を読んでも、「人命よりも大切なものはない」「苦しいのはその業界だけじゃない」のオンパレード。
それはもちろん、間違ってはいません。
だけどわたしは「ああ、日本人の日本語の読解力はここまで落ちたか」と落胆しました。
本を読み、舞台を見て、美術館に行く。
勉学とはまた異なる教養というものを大事にしないと、こんなことになるんだなと歯噛みするくらい悔しい思いもしました。
全ての物事は一面ではない。
人の命という正義を盾にせず、多面的にかつ深くものをとらえられる世の中でありますように。
こんな先が見えない中で、義憤に駆られるニュースがあった。
本当の悪人は、悪人面をしていないという持論が当たっているなと思う。
悪人面をしている人は、その行為を「悪いこと」だと分かっているから、悪い顔になるんだと思う。
そう思わず、そこまで悪人面じゃない人こそ、真正の悪人なんだなあ。
それこそ、「人命よりも大切なものはない」だと思う。
江戸時代、田沼意次が治めた世の中は賄賂が横行し、いろいろあって失脚、
その後に治めた松平定信と比べて、「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」と詠まれたと言われるが、
実は田沼時代から、人民に倹約令を出していたんだよね。
田沼意次はきちんと失脚したけれど、現世はどうなることやら。
定年延長とか、あの手この手で、しかも汚い手でやってることがあるけれど、
その検事長が思いっきり手のひらを返してくれたらいいのにな。
ドラマの「相棒」でこれをモチーフにやってくれないものかしら。
ギャフンて言わせてやりたいわ。
勧善懲悪であってほしいと心の底から思います。