今日、街角でハッとするような爽やかな青年を見た。
横断歩道を渡ったばかりの白い杖を持った男性がいて、
歩道と車道の間にある柵の存在に苦心されていたのですが、
近くにいる人は気にしつつスルー。
3メートル離れた位置にいたわたしは、どうしよう、大丈夫かな?と一歩が踏み出せずにいたところ、
向かいから青年が駆け寄り、そっと男性の肘を支えるのが見えた。
それが本当に素晴らしく爽やかで。
さっと動けない自分を恥じた。
10秒くらいの出来事だったんだけど、困ってる人にとってはもっと長く感じただろうな。
瞬時に動けるかどうかが大切だなと思った。
ここにこう書くというのは、一つの宣言です。
これからは、こういうシーンで躊躇しないという誓いです。
爽やかな青年に教えられました。
わたしが20代なら、好きになってたな〜。
わたしの人生の中で会った、一発で爽やかさを感じさせてくれた男性は、今日で4人目です。
1人目は、15年くらい前かなあ。
電車で脚を広げて座っていたおじさん。
「このおっさんが脚を閉じれば座れるのに」と心の中で舌打ちをしたわたしに、
ハッと気付いたのかよく分からないけど、
「あ、脚閉じたら座れるね!」と脚をビシッと閉じたおじさん。
その言い方が不純物を含まない爽やかさで。
おじさんはきっと人気者なんだろうなと、その一言で感じさせられた。
なんだか華のあるおじさんだった。
2人目は5年くらい前。
東京の街角で見かけたビジネスマン。
BIGISSUEを売っているおじさんから一冊買って、「がんばって」と一言残して颯爽と歩いていった。
こちらもなんの不純物もない一言だった。
爽やかだったなあ〜。
もう1人は仕事で会った方。
床まで降ろされたロールスクリーンを上げる時、99.9%の人は必ず布の横を引っ張ってロールアップする。
彼だけは、ちゃんと腰を下ろして下の取っ手を引っ張っていた。
いつもいつでも。
誰も見ていないけど、わたしは見ているのです。
そしてそれ以来、仕事相手として100%信頼している。
今のところ、見込みは当たっている。
以上、忘れられない爽やかな人々でした。
どういう育て方をしたら、そんな人になるのかな?
最近はまずそう思うようになっている。
現役感が失われつつあるのかしら。
今日も朝活英会話だったのですが、ディスカッションの話題は[結婚]。
2人のクラスメイトは既婚男性。
そんな中、結婚した方がいいのか、独身がいいのかという話題は、
独身のわたしは下手をするとスベる。
正直なところ、わからんし。
でもレッスンの中で意見を持たないことは許されない。
わたしの答えは、独身でも生活には困らないが、病気になったら寂しくなるから、
そういう時だけ誰かがそばにいて欲しいと思うという方向に至りました。
身も蓋もない。
いつも英語だと本音を言ってしまう。
多分、先生とクラスメイトには、他の人には言っていないような赤裸々な話をしてしまっているように思う。
先日は、bias・先入観がテーマで、世の中のいろんな先入観について話をした。
授業の頭についつい、「わたしは先入観を持たないようにしている」と
これまた身も蓋もないことを言ってしまった。
最近、隣の国とのことで、先入観を露わにする人が多くなったなあと思う。
でもそれって、正直恥ずかしいことだと思う。
熟考していないことの表れだなと。
想像力の欠如も甚だしい。
本、読んでないよね。
自分の目で世界を見てないよね。
今の英語の先生はアフリカ系のフランス人で、
ディスカッションによく人種差別のことが出て来る度に、勝手にドキドキしてしまう。
そして、自分もイギリスで受けたアジア人に対する謗りを思い出す。
そんな時に思うことはひとつ。
なんぼのもんじゃい。
そんな感じでなんとかクリアしてきた人生です。
とはいえ、先入観に毒されることもある。
そういう時は、魂が汚れると思って、なるべく自分の中から追い出すようにしている。
その方がきっとハッピー。