記憶の扉 | カメロンのブログ

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明後日の早朝に旅立つ予定で、
明日は朝から夜中まで仕事なので、準備をするのが今宵がラストチャンス。
ユーロもポンドも手に入れた。
シャルル・ドゴール空港からのパリ市内へのバスの予約も済んだ。
ロンドン日帰り弾丸ツアーのユーロスターも予約した。
早朝に出て、夜中に帰ってくる予定だけど、
ユーロスターの発着駅のパリ北駅から市内までの交通が危険だという噂。
メトロもなかなか気が抜けなさそう。
さて、どうしょう。
悶々と悩んだのですが、驚くべき秘儀を発見。
uberってご存知ですか?
暇な人がちょこちょこっと出前のバイトができるナウなシステムということだけ、知っていた。
そのタクシー版があるというのだ。
しかも一般のタクシーよりも気配りができて、ぼったくられることもない。
早速、五日後のタクシーの予約を入れてみた。
パリ北駅からホテルまで。
さて、どうなるかなあ。
それにしてもすごい時代だ。
驚くことばかり。

さて、パリとロンドンには、23歳の頃に行ったことのあるわたし。
ロンドン郊外の学校に4ヶ月通って、2ヶ月をバックパックを背負って、
ロンドン、スペイン、フランス、ベルギー、おまけでシンガポールを旅した。
ロンドン郊外の学校をgoogle mapで見てみた。
な、懐かしい。
近くのピザ屋さんもある。なんだかグッとくる。
ちょっと高いので、友達とちょっと気合の入った日に行ったもんだ。
今回は日帰りなので、郊外までは行けないとは思いつつ、急に行きたくなってきた。
その町のカードショップとアンティークショップが大好きで、よく入り浸っていました。
胸がいっぱいになる。
そして今日、2ヶ月の旅を記録したプーさんのダイアリーが出てきた。
ぺらぺらっとめくってみると、覚えていないことばかり。
1997年のことです。
その年のお正月早々にホストファミリーの家を出て、ユースホステルに宿を取ったこと。
その後、共に旅をする友達を待つ数日間のことでした。
たくましくいろんなところへ行っている。
ユースホステルで出会った男の子、どうしてるのだろうか。
博物館、美術館に行きまくり。
1/14に友達が来て、1/19に一緒にマドリッドへ。
その後セビリアに行って、1/23にフラメンコに出会う。
その時のコメントが、
「サンタクルス街で迷子になる。フラメンコは最高。習いに行くぞ」
わたしのフラメンコ記念日は、1/23だったのか。
バルセロナへ行き、ガウディをめぐり、フィゲラスという往復4時間かかる街にダリ美術館を訪ねた。
1/29、バルセロナからニースへの寝台列車。
言葉の壁に苦労して予約したはずの列車が来ない。
その時のコメントが
「ストライキのため夜中、2時間凍えてきれた」
あの時の憤りは今でも覚えている。
ようやく着いたニースでのコメント。
「地中海を臨んだあと、中華を食べる。ごま団子サイコー」
翌日はモナコへ。
「無税の国だけあって、ホームレスはいない」
その翌日は、エズ村で山登り。
「中華にまたトライ。ごま団子はうまし」
南仏でごま団子にはまったようです。
マルセイユに行って、ブイヤベースを食べ、エクスアンプロバンス、アルルをひやかし、
いよいよパリへ。
ユースホステルで食べた、バゲットが美味しかったことは覚えている。
ヴェルサイユ宮殿を訪ねた時のコメント
「めちゃ広い。そりゃ市民も怒るで、という感じ。」
ユースホステルで出会った女の子二人に、血液型の特徴を教えてもらって、
「そんなこと気にしたことがない」と言ったら「O型らしい」と言われたことを思い出した。
ユーロディズニーも行ってる。
その後、ブリュッセルに行って、ムール貝をバケツ分食べて、
ユーロスターに乗ってロンドンに戻っている。
2/18 「Les miserables いい声。ちょっと泣きかけ」
2/20 ロンドンを出発
シンガポールのことは何も書いておらず。
2/25 帰国

忘れていた記憶が蘇る。
宝物のような思い出です。
それにしても物怖じせずにいろんなところへ行っている。
あの頃の度胸が、今の私にも欲しい。
準備万端でも、まだドキドキしているわたしです。