化粧と距離感 | カメロンのブログ

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今宵は久々に過不足なしの舞台を見た。
説明し過ぎず、主張し過ぎず、面白い。
しかも雨も降らず、夜空には月がひっそりと輝いている。
これ以上、なにを求めよう。
そんな夜です。

今日は、デパートに化粧品を買いに行った。
その化粧品屋さんは、皮膚の状態を数値で計ってくれる。
水分保持力とか皮脂分泌力とか、
しまいにはハリ弾力まで、数値で表れる。
機械をピッピっと頬や口元に当てるのですが、
その際に毛穴までがクローズアップされる。
何、この毛穴!?と驚愕する。
処理しきれていない毛が見つかる。
内心、ぎゃ〜っと思う。
若い頃は、ツヤツヤのツルツルだった自慢の肌も、
押し寄せる年の波に流されて、それなりの肌になってしまった。
そこはもう、化粧品でもなんでも使えるものは使うという感じです。
化粧直しもしてもらえるので、ウキウキして出来上がりを手鏡でチェック。
「いかがですか?」と聞かれ、
「いいですね」とは言うものの、自分の顔面を間近に見て、
内心、ぎゃ〜っと思っている。
シワ、シミ、ほうれい線…なんじゃこりゃ〜。
そして、現実を受け止めながら、お店を出た。

近くで見るとアラが目立つ。
人と人もそうだなと思う。
ちゃんと距離感を保てば、お互いのアラも見えず問題も起こらない。
それはそれでいいけど、つまらないと思う自分がいる。
そんなことを考える時、
アラこそが面白いと教えてくれたタクシーの運転手さんを思い出す。
瀬戸内寂聴さんのような人だったなぁ〜。
一期一会ではあるものの、その言葉はわたしにとっては金言となった。
いい出会いでした。
わたしはアラだらけの人間。
東京に来てから、そのアラが見つからないような距離感を保つことばかり、
気にしてたような気もする。
その方が楽だから。
だから恋愛もできないのかな〜という結論にいたる。

そして綺麗の定義を考える。
化粧品によって、なんとかアラを隠そうとするけれど、
そのアラを否定しないことも大事なのではないだろうか。
アンチエイジングと言うけれど、
若さを賞賛するのは、バカバカしいような気もする。
綺麗の定義は自分で作ればいい。
若くてハリのいい艶やかな肌がいいと、
誰が決めたのだ?
シワシワでシミシミなのは、何がいかんのだ?
生きてきた証でしょうが。
子供がまだ食べてる途中でしょうが。(北の国からより)
と言いつつ、なるべくシワやシミが増えないように、
今宵も化粧品を駆使するのです。
子育て代わりだと思って、肌の数値を上げる努力の毎日です。
あぁ、女は大変だ〜。