日々の所感 | カメロンのブログ

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今日は都知事選の選挙日。
奈良に住んでた時は、全然興味がなかったけれど、
東京に引っ越してきて、自分の税金の行方が気になるようになってからは、
さすがに大注目していました。
候補者がたくさんいるのに、テレビでは3人のことしか分からない。
選挙公報を読んで、一人を選んできました。
仕事帰りに投票を・・・と思っていたところ、思わぬ残業。
19時30分に投票所に着く予定。
・・・ここまできたら、最後の一票になってみよう!
そう思い立ちました。
最初の一票は入れたことがあります。
空っぽの投票箱をチェックするのが、楽しかった。
最後の一票はどんな感じなのかな~?と、一旦家に帰って、
再度、投票所に向かった。
遅れたら意味がない。
ちょうど1分前くらいに・・・と様子を見ていたら、
投票所の門前にいる女の人に、
「投票されますか?急いでください」と言われてしまった。
素直に従うわたしは、あと1分、誰も来ませんように…と祈りつつ、
ゆっくりゆっくり候補者の名前を書いた。
「誰にしようかな?」とブツブツ言うという小芝居もはさみ、
牛歩戦術で投票箱へ。
その思いもむなしく、5人ほど駆け込んできた。
あぁ、残念。
投票所をあとにして、ぶらぶらしていると、一台のタクシーが走り去った。
あ、あれは!?
投票所前に停まっていたタクシー。
あのタクシーには投票箱が乗っているに違いない。
いってらっしゃい!
なんかいいものを見た気持ちで見送った。
次こそ、最後の一票を狙いたいものです。
でもちょっと迷惑っぽいかな?
それなら、開票所に行って、その様子を見学してみるのもいいかな。
選挙にワクワク感を融和させるのもいいもんです。
それは、投票してこその楽しさ。
例えは悪いけど、競馬と一緒。
選挙公報は競馬新聞のようなもの。
公約を斜めに読んでも、クレイジーな候補者がいて、百花繚乱です。
選ぶ基準はまじめに考えるけど、その行程くらいは楽しまないと。
投票しない人に、その楽しさは一生分からないんだと思うんだ。
やらない人生より、やる方の人生をわたしは求む。
何はともあれ、一番多くの人に期待された人が、
その期待に応えられるかどうか、しかと見届けたいと思う。

前回の記事を書いた時、本当はその日の未明のニュースのことを取り上げようかと思った。
19人の命が奪われた事件のこと。
幽霊よりも怖いのは人間。
母の金言に重ねて書こうと思ったけど、どうしても書けなかった。
お腹の底から冷え切って、悪寒が走った。
腹が立って腹が立って。
悲しくて悲しくて、やるせなくて、どうしようもなくなった時、ある人の顔を思い出した。
それは、小学生の時の同級生のお母さん。
その同級生は障害者学級(当時はそう呼んでいた)にも通っていた女の子。
ある日、休んだ彼女の家に、プリントを持っていった。
チャイムを鳴らして出てきたのが、めちゃめちゃ美人のお母さん。
そんじょそこらの美人じゃない。
鮮明な記憶として残っている。
そのお母さんを思い出すのは、今回で二度目。
一度目は、高校時代の道徳の時間。
議題は「妊娠中に、生まれてくる子に障害があると分かっていたら、生むことを選択するか否か」。
高校生の私にとってはハードな内容だったけど、その時に、美人のお母さんの顔が浮かんだ。
いつも一生懸命で、大変そうだったけど、笑顔が素敵だった人。
その人を思うと、「生む」という選択肢しかなかった。
偽善者だと言われたりもしたけど、これだけは今もぶれていません。
大変だろうけど、その時は、あのお母さんを目指そうと思っているから。
私にとっては大事な記憶です。

命の価値はみんな同じなのか。
価値基準に、障害のあるなしは関係ない。
人を傷つけ、人の命を奪う人に、価値があるのかどうかの方が議論になると思う。
こんな人がたくさんいたら、人類は絶滅する。
いずれにしても、命の価値は人間の分際で決められることではないと思う。
納得できない思いを昇華させるために書こうと思ったけれど、やっぱり難しい。
自分自身が人を傷つけ、人の命を奪わないように…今はただそう願うだけです。