わたし、そんなにコワイのかしら…。
勤務先のハタチの女の子の夢に、わたしが現れたらしい。
「すごく怒っていてコワかったです」と言われた。
ええ~っ!?
その子に怒ったことないし・・・と思いつつ、ハッとした。
その子の前で、上司に物申したことがあったからだ。
「さっきから、わたしは建設的な話しかしていないと思います!」と
多少、語気が荒くなってしまっていたかも。
完全に、薹(トウ)が立っている。
恐がらせてごめんね~と、本気で謝りました。
今日は、仕事の付き合いの年下の男性に、
「(わたしの)怒りの形相を思い出して、がんばりました」と言われた。
ええ~っ!?
って、思い当たる節はあるけれど・・・。
励みにしてもらってると思えば、いいのかな。
怒りの理由は、いろいろ。
前向きな姿勢を理解してもらえない悲しみ。
同じ方向を向いている人に対する、高みを目指すことへの要求。
健全にも上の二つは、こんな理由からくるものでした。
よくよく考えると、怒る理由のナンバー1は、
「仕事をなめんなよ」というポイント。
できるできないじゃない。
姿勢を問うてしまうのだ。
自分もたいしたことないのに、えらそうにね~。
でも、こればっかりは、自分でも怒りを止められそうにない。
どうせやるなら完璧を目指せ。
真剣になっても深刻になるな。
この二つは、仕事で行き詰った後輩に言い聞かせてきた言葉。
ずいぶん偉そうだけど、ちゃんと意味がある。
完璧を目指す。
目指しても完璧にはできないのだから。
完璧を目指していない人は、言い訳が多い。
出来ない理由が先に立つ。
まずは、完璧にできない自分を恥じるところからスタートすればいいのに。
そうすると、言い訳なんて出来るわけない。
中途半端な心構えだから、自分を保護するところからスタートしてしまう。
仕事においては、そんなの一番邪魔である。
真剣になっても深刻にならない。
仕事で叱られて、深刻になりがちな若い人には必ず言う。
わたしもそうだったから。
深刻になるというのは、内向きな姿勢。
自分の中に答えを探しがちだけど、絶対に見つからない。
ノッキングしてしまう。
だから、次のステップに進むには、深刻さは邪魔なだけ。
真剣に、次のことを考えることだけが必要。
ただそれだけのこと。
プライドをどこに持つかが大切だと思う。
わたしはずっと張りぼてのプライドを持っていた。
「わたしはできる」
「こんなはずじゃない」
できないのは自分のせいじゃないと信じていた。
大間違いだと気付いたのはいつのことだっただろう。
紆余曲折がありすぎて、よく分からなくなっているけれど、
気付けてよかったなぁと思う。
若い時よりも、素直になったような気もする。
若い時は、そりゃもう、じゃじゃ馬のはねっかえりの生意気盛りでしたから。
ただ、完璧だけは目指していたなぁ。
できない自分が嫌で嫌でたまりませんでした。
今は、いい意味でも悪い意味でも、年を取りました。
怒りはパワーに変わる。
逆にパワーがないと怒れない。
そんなわたしは、最近、無関心を覚えました。
無関心って、楽なんですね~。
初めて知ったこの気持ち。
無関心は、諦めともいうのだけど。
諦めることは、こだわりを捨てることだと思う。
こだわりを捨てると、怒る気持ちもなくなる。
どうでもよくなる。
圧倒的に楽だわ、そんな人生。
でもつまらなさそう。
わたしにとって、怒りは究極の愛の形。
怒るとしわが増えたり老けたりする。
そんな代償を支払ってまで怒るのだから、相当なもんです。
なんて、えらそうなことを書きながら、
一番腹が立つのは、自分自身に対してなんですけどね・・・。
もっとしっかりしなさいよ、わたし!