最近、ウルトラしょうがを作り始めました。
しょうがをスライスしてザルに干して一週間待つだけ。
出来上がりが楽しみです。
さて、今年の目標は、無茶をせずに無理をすること。
いろいろTRYしているのですが、
やはり週に一度、朝5:30に起きて、
英会話教室に行くのは、なかなかの無理。
今のところ、皆勤賞。
今日も行って来ました。
予習もバッチリ!
2レッスン分に約3時間の予習。
家でまとまった時間を作ってやるのも、なかなかの無理。
でも、これが楽しくて仕方ない。
ルンルンと教室までの道のりを歩きながら、急にハッとした。
無理をしている自分に酔っていないか?
わたし、えらい!と思っていないか?
英会話教室に通うことが目的になっていないか?
手段と目的を履き間違えていないか?
そうだった。
英会話のレッスンは、英語を話せるようになるための手段であって目的ではない。
そこを間違えないようにしなくては!
と、朝から熱が入り、今日のレッスンでの集中力は半端なかったと思う私である。
手段と目的。
これは、なんにでも当てはまると思う。
真面目な話。
あんまり書かない政治の話です。
わたしは子供の頃から、憲法第9条のある日本という国は、
なんて素晴らしいんだろうと思って生きてきた。
だからこそ、そんな拡大解釈ありなの?と思う。
この選択肢は国民の安全を守るための手段の一つだとは思うけど、
ベストな選択なのかどうか、わたしには分からない。
ただ、この選択は手段であり目的ではないはず。
風潮として、目的のように語られていると思うけど、そこはちょっと違うように思う。
自分の身を守るために、今までは防犯ブザーしか持ってなかったけど、
これからは盾を持ち、なんだったら剣も持つってことだと、わたしは解釈している。
抑止力か…。
わたしたちの手の届かない、声の届かない場所で、
こんな大事なことを決めくさってからにと思うけど、
決められた以上は、ここからがどう道筋をつけていくのか。
そこをしっかり見たい。
わたしが不安なのは、一度堰を切ってしまうと、
あれもこれもと雪崩のように許されて行ってしまうであろうこと。
それが世の常でもあるから。
その時に、今度はこっちが選択することになるのだろう。
悠長なことを言ってられないかもしれないけど。
考えていくと、人は何のために生きているのか…というところに行きつき、
またもや悶々としてしまうので、このへんでやめときます。
あんまり難しいことを、わたしなんぞが語れないし。
人生は死ぬまでの暇つぶし。
そう思って、ドーンと構えて生きていこうと改めて思いました。