今回は、相当気合いを入れて書くので、
読むにもちょっと力が要るかもしれません。
先に、前置きしておきます。
もうすぐ彼女の初盆を迎える。
あれから、もう半年。
彼女は迷うことなく帰ってこれるだろうか。
まだ冬だった。
彼女の死は突然だった。
知らせを聞いたのは、お通夜の晩のこと。
はじめは、理解ができなくて、
言葉の意味が分かった瞬間、
「ひっ」という言葉にならない声が出た。
驚く以外になかった。
心のどこかで「嘘かも」と思っていた。
嘘じゃないということは、頭では分かっていたので、
近しい友人に連絡し、翌朝の告別式に参列する用意をした。
地図を頼りに着いたら、山間の小さくてこじゃれた会館に、
彼女の名前が大きく筆で書かれていた。
見た瞬間、「嘘じゃなかった」と泣きそうになった。
友人たちの顔色が真っ白だったのも覚えている。
会場に行って、ご家族に会い、
お香典を渡して、記帳した。
大人なのに、「この度は・・・」とその続きがちゃんと話せなかった。
泣いているお母さんに掛ける言葉なんて見つからなかった。
「顔を見てやって」と言われ、棺の傍に行った。
足がすくんでなかなか近寄れなかった。
彼女の顔を見た瞬間、崩れ落ちた。
静かに眠っているようで、今にも起きそうで。
だから余計に、現実を知らされた気がした。
悲しくて辛くて、どうしようもなかった。
目の前が真っ暗になって、
それ以上、彼女の顔を見るのも、耐えられなかった。
何も考えられなかった。
花を添えて、彼女を静かに見送った。
半年たって、やっと話せるようになったと思ったけど、
やっぱり思い出すと辛くて泣けてきます。
こんな個人的なことを書いていいのかどうか、
魂が救われるのかどうか分からず、迷っていますが、
ちゃんと伝えたいことがあるので、最後まで書き続けます。
10年もの間、心の病で苦しんできた友人が選んだ最期は、
わたしにとっては、いきなりでも、
彼女にとっては、ゆるやかなものだったのかもしれない。
ずっとぎりぎりのライン上に立っていたように見えた。
わたしが、絶対にラインの向こうに行かないと信じていただけで。
亡くなる1週間前に、
1ヵ月後のイベントに一緒に行く約束をしていたわたしは、
なぜもっとまめに連絡をしなかったのか、
タイミングが良ければ、救えたかもしれないのに・・・
という思いと、
わたしが救えたかもという考え自体が、おこがましいんじゃないか?
という思いが交互に襲ってきて、
メビウスの環のように抜け出せなくなっていた。
抜け出せたのは、四十九日の意味を教えてくれた人のおかげ。
彼女にたくさんのありがとうを言うことを勧めてくれた。
半年たった今でも、時々ありがとうを言っている。
自分のことよりも他人のことを大事にして、
迷惑を掛けることを何より避けようと考えて、
他人を傷付けまいとする人。
裏返すと、自分が傷つきやすい人だからなんだと思う。
もっと自分勝手に生きたら楽なのになと思いながら、
それが出来ないから辛いんだと考えたり。
彼女に伝えたいことを、ブログにもたくさん書いた。
「がんばれ」という言葉じゃなくて。
届けたい思いをいっぱい書いた。
会って話もした。
あなたのことを想う人がいることを忘れないでという思いを伝えながら、
「なんでこんなにいい人が苦しまないといけないのだろう」と
泣きながら話すわたしに、彼女は困った顔をして笑ってた。
その翌日、「なんだかいいきっかけになる気がする」とメールをくれた。
でも、今となっては、彼女の苦しみの底を照らすほどの明かりを
わたしは持ってなかったのだと分かる。
彼女の死後、わたしはブログを書く意味を見失った。
書きたいことがなかなか見つからなかった。
でも、そろそろ、わたしも前を向いていかないと・・・と、
今回、筆をとった次第であります。
彼女のことをタブーにしないためにも。
「生きたいと思うのに、死にたくなる」という気持ち、分かりますか?
肉体的疾患でなくても、
一生懸命、生きようとしても生きられないことがあるってこと、
想像できますか?
わたしは、分からなくても想像したいと思っています。
きっと彼女は、生きるためにわたしと約束をしたのだ。
わたしは、約束を守ってイベントに行ったよ。
もしかして、その時も来ていたのかな?
そう思いながら、お盆を迎えようと思います。
14日、ビックマン前で待ってるからね。
欲張りなわたしは、彼女の分まで生きようと思います。
見守ってくれていると信じながら。