東日本大震災から4年 | tinyleafのブログ

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東京在住でアーバンライフをenjoyしつつも、山と木々の緑をこよなく愛する自然派です。
家事も適当に楽しみながら、趣味の世界も充実させたい欲張りな専業主婦です。

あの日は春間近にもかかわらず寒い日だったのをよく覚えています。
在宅していたもので、帰宅困難にも遭遇せずに済みただひたすらTVにかじりついていました。
仙台市郊外の海辺の平坦な田畑に、静かにひたひたと津波が拡がってゆく様を、信じられない思いで見つめていたものです。
あれを境に、防災意識に目覚め、3•11を防災の日と決め備蓄食料などの点検をする様になりました。
まず避難用のリュックの点検。
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この中には、スウェット上下、下着、靴下、洗面用品、タオル、薬、一食分の食料、現金、手帳などが入っています。
次に食品ストック棚の中をチェック。
賞味期限が迫っているものを新しい物と取り替えます。
我が家の非常用食料は、レトルト米とお粥、インスタントラーメン、缶詰(鮪、鯖、サンマ、コンビーフなど)、レトルトカレー、インスタント味噌汁とスープ、ふりかけ、お茶漬けの素、等。

当時を振り返るTV番組の中で、震災後避難所で需要が多かったものベスト3を知りました。
1.レトルトカレー、2.マグロのオイル漬け缶詰、3.お茶漬けの素、だったそうです。
食べ物ではありませんが、ガソリン不足が問題になりましたよね。
今後の課題として、ガソリンの供給を速やかにする方法を予め決めておく必要があるとの指摘は最もだと思いました。

合同慰霊祭に代表として挨拶した女子学生のスピーチを聞いて、この4年間のさぞ苦しかったであろう心境の一端に触れる思いがしたものです。
又一般の人々が撮影した津波の映像が、被災者にとっては深い意味を持っていたいくつかの例を取り上げた企画も印象的でした。
津波にさらわれた父親の姿を映像の中に見つけ、亡くなる少し前の様子が分かって嬉しかったと繰り返し述べていた方もいました。
未だに仮設住宅住まいの人が相当数いる現実、まして原発事故を境に故郷を喪失してしまった多くの方々、に対して非力な自分が残念ですが、ここから得た教訓を少しでも活かして行く事がせめてもの償いになるのかと思っています。
災害列島に住む私達は、考えられる全ての備えをした上で、前向きに生きていくしかありません。

今日は久しぶりにソラマチに行きました。
浅草を経由して言問橋を渡ったのですが、隅田公園に気の早い桜が咲いていたのでスカイツリーをバックにパチリ。
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ソラマチは相変わらずの人出です。
夕焼けが見れたらいいなと、ビルの30階に上がってみました。
水蒸気が多いのか、綺麗な夕焼けは見られそうもなく、諦めて幾つかショップを冷やかして帰ります。
お別れにソラカラちゃん達が見送ってくれました。
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