先週、大阪(貝塚)公演での「ジュリエット通り」を観てきました。
私にとって最初で最後の1本。
東京で既に観た友達や、ファンの方の感想なども見たりしていました。
そしてよく見かける「難解」「わからなかった」の文字…。

観劇歴はけっこう長い私なのですが、今回の舞台が決まってどうしてもネックだったのが、この方の作・演出が苦手だったということ…。
好きな方には本当に申し訳ないんですけど…。
そういうのもあって持ってはいけない固定観念を抱えたままの観劇となりました。

約3時間の芝居が終わってのぶっちゃけた感想は、、、

なにがなんだかさっぱりわからなかった…!

ごめんなさい、キャスト・スタッフの皆様。
私の理解能力が低いだけなんです( p_q)

なんだかね、抽象画の絵画鑑賞をしていたような気持ちでした。
感覚的に捉えていた方が良かったのかもしれないけど、なんしか「理解しよう、理解しよう」という気持ちが大きすぎたのと、ヤスが出てない場面で自分の集中力が切れてしまったのが問題でした。


演劇の手法として「観るものにゆだねる」というものは嫌いじゃないんです。
わかりやすい演劇であっても観るものによって感想なんかいくつにも分かれるし。
だけどこの作品は、解釈するところへ行き着くまでに私は完全に乗り遅れてしまった。
こんな風にしか捉えられなかった自分がなんだか情けなくなりました。。。。


自分で感じた精一杯の解釈としては。
ヤス主演と銘打ってはいるけれど、これは“ジュリエット通り”を行き交う人々の物語で、その中にヤス演じる太一もいて、いくつもの物語が通りを軸にして描かれていた。
それは現在進行形のこともあれば、誰かの見た幻もあり…。
と「夢処理・幻処理」をしてしまうにはあまりにも惜しい気もします。

あと私はいろんな形の「親子」が描かれているなと思いました。
太一とスズの義理の親子関係は歪だけれども、一番親子の信頼関係に近いものを持つ2人だったのではないかと。
ま、それは私の解釈というよりも印象です。


こんな風に、話の内容が理解できなかったので大きなことは言えません。
1人のエイターとして、そして演劇ファンとしてそれ以外のことをつらつらと。

ヤスの演技はとても良かったです。
それは私がエイターだからというのを抜きにしても。
ヒリヒリするような目つき、話し方。
そこにいるのは太一で、安田章大ではなかった。

役者としてのヤスは滑舌もいいし声も通る。
アクションはあまり無い芝居だったけど身体能力が高いのはわかっているので、本当に舞台に向いていると思う。
ふと「ばしゃ馬さんとビッグマウス」を思い出して、これ本当にあの天童くんか!?と思ったほどでした。
ヤスの持ち味を活かした役もどんどんやってほしいけど、こういう静かな、だけど内からたぎるものを感じさせる演技を経験したことで、ヤスはとても大きな何かを得たのだろうね。

アイドルの人が出る舞台だと、最後にわぁっ!って盛り上がってスタンディングオベーションをしがちなんだけど、ラストもカーテンコールも静かだったのでお客さんも騒がずその世界観を守ってくれたのは良かったなぁ。

池津祥子さんとか高岡早紀さんとか他の舞台で観ていいなぁと思っている役者さんも沢山出ていたので、役者の質は文句なしでした。
大政絢さんは初舞台ということで、まだ他の役者さんには技術が追いついてない部分もありましたが、なにせ立ち姿が美しいのでこれから期待しています。
よくあんな難しい役をやったよね…。

もし機会があればもう一回くらい観た方がいいのかもしれないけど、まぁこれはこれで仕方ないか。
映画やドラマとは違ってDVDが出る可能性は低いし、同じ作品で毎日劇場に通ったとしても同じものは観られないのが生の舞台の良さ。
そして自分の目で見て感じたものがその作品と自分との全てだと思っています。

好きな人が出てる、好きな演出家・脚本家の作品だ、ということで私は何でもかんでも手放しで褒めてしまう性分でもありません。
なので、こんな感想でどうもすみません…。



しかし貝塚…遠い…。