痛風、発症から一年経過。

「尿酸値を下げる薬」のお陰様とは云え、
尿酸値がいよいよ標準値にまで下がり、
「しばらく お薬 止めて 様子 見てみましょか」
とお医者さん。

ありげっちゅ~っ!
風はてのひらの上。
納豆。

「健康」食品のイメージの強い「納豆」。
実はプリン体を多く含むそうで、
痛風発症以来、控えていた。

久し振りに購入。

以前のように、
一日に2パックも3パックも食べるならまだしも、
一日1パック程度なら、
デメリットより、メリットの方が、
むしろ、多いのではないか?
と、云う発想だ。

痛風の先輩(の奥様)の受け売りではあるが(笑)。

きっと、大丈夫。



みゆきさん、一大事ですっ!
長崎の「ヤマ八」が違うトコとタッグ組んでまっせ!


♪ こんな仕事をしているような女だから
♪ 誰にでもやさしくすると思われやすい
と唄ったのは30歳の中島みゆきさん。

さてさて、
僕は、ヒトとして、
ヒトに、愛すべき相手に対し、
(「すべき」って何だ?)
優しく、思いやりのある態度で接したい、
と、願う。

が、どうにも、上手く行かないコトも多いし、
出来たとして、どうやら、上っ面なようだ。

僕が身に付けた、ソレ、は、
例えば、
本来は感情を持たないロボットが、
人工知能の働きで獲得した、
お勉強した結果の、
やさしさ、もどき、であり、

「そうすべき」
「そうすべきであろう」
であり、
心からの、心の動き、
相手をおもんばかっての気持ちの動き、
ではないようだ。

表面的には、それらしく、振る舞えてたとして、
観察力のあるヒトには、バレてしまう。

だから、
『アナタには、他人は、人間は、愛せない』
なんて云われてしまうのだろうか。

そんなコトを云われのは30代前半だったか。
少しは、学習機能はアップしたのだろうか。

♪ やさしそうな表情は 女たちの流行
♪ 崩れそうな強がりは 男たちの流行
30歳の中島みゆきさんは、A面ではそう唄うのであった。
ここ一年程は、三・四ヶ月程度に一度は、
長崎の実家に帰るようにしている。

この秋の帰崎にて、
さて墓参りへ行こうかと云う際のコトだ。

「あ、じゃ、もし、中華街とか寄るとやったら、
 ついでに、ブタマンば買って来て。
 わざわざ寄らんでいいから、
 もし、近くに寄ったらでよかけん。」
と、母。

うむ、母よ、
地元だから分かってると思うが、
ついで、とか、近く、とか、
そんな土地の関係性ではないな。
狭い町だから、すぐだけどよ。

「ほら、あたしもお父さんも、
 割りと好きやったとけどさ、
 順子(母の娘/私の姉)のおった時は、
 『あの美味しか味は
  ラードの沢山入っとっとさ
  あんまり食べたらいけん』
 って、食べさせてくれんやったとよー。
 久し振りに食べたかとさ。
 別に、ついで、でよかけん。」
と、母は云う。

むー、スクエアの姉のせいか。
やむなし、と、
「あ、わかりました、買って来ますね」
と答えるワタクシ。


時は移って、夜、居間にて、
二人で焼酎を呑みつつテレビを眺めていた。

「あたし、このヒト、割りと好きなのよー。」
と、母。

テレビにはマツコ・デラックスさん。
母の『割りと好き』は、
概ね『随分と好き』の意のような気がする。

「お父さんがさ、
 このヒト嫌いやったけんが、
 お父さんのおる時は見れんやったとよー。」
と、母は云う。

むー。
確かにスクエアな父には、
あーゆー性別は理解出来なかったし、
忌み嫌っていたはずだ。
やむなし。
「僕も、好きですよ」
と、答えるワタクシ。


ふむ、よし、
今度帰る時は、
551の蓬莱の豚まんを土産に買って帰ろう。
最近、実家に帰ってビックリしたのだが、
近所にスーパーマーケットがなくなっていた。

長崎市内は、そりゃ都会に比べりゃ田舎だが、
それ程の田舎でもない。
中心部の商業施設や観光地は、
僕が生活していた時代に比べりゃ、
多分、相当に、都会化している。

それでも、生活者のレベルからすると、
住居近くの、スーパーマーケットは勿論、
パン屋、ごはん屋、本屋、なんかが、
すっかりなくなってしまい、
どうにも不便になっているのが現実だ。

生活に必要な主なモノは、
生協さんが配達してくれるらしいが、
猫さんのごはんやらトイレの砂やら、
結構かさばるモノを買いに行くには、
バスや電車に乗って出掛けて、
重たい荷物を抱えて、
家まで坂道を登らねばいけないのだ。
勿論、下る、のも、安全とは限らない。

年齢を重ねた体にはキツイ。
天命を知る(であろう)年齢目前の僕にもキツイ。
車がないとキツイ。

♪ だけどー僕にーはクルーマがーないー ♪

母は、ドライバーさんに遠慮しながらも、
タクシーで帰るコトも少なくないそうだ。
インターネットでの買い物を利用してくれれば安心なのだが、
宅配業者の来訪もあまり気持ちの良いモノではないらしく、
「イヤなのよー」
だそうだ。

三・四ヶ月かに一度は買い出しする為に帰るコトにした。
「いや、ココ来る前『セクキャバ』行っとってさ、(云々)」
と、バーのお客様が云う。

セクキャバ。

そうそう、
以前に、店の近所の捨て看板で、
「セクキャバあります!」
と、云う広告文句を見て、

ん?セクキャバ?
セクシーキャバクラの略やんなぁ?
キャバクラって、そもそも所謂「セクシー」業種ではないのか?
わざわざ「セクシー」付けるのは意味あるのか?

と、思ったコトがあったので、
その違いを尋ねてみた。


♪ <~B.G.M.~>こ~こ~に~いる~よ~ ♪


へー、なるほど、そーでしたかー。
そりゃ、「セクシー」、付けるワケやわ。

興味のある方は、お調べ下さいな。
m(_ _)m


<追記>
キャバクラ、と云う言葉自体も、略語ではないか、
と、思い至り、ますます、コンフュージョン(笑)。
ライブハウス「ジャニス」にて、
「吉田美奈子」さんを観て来た、その帰り、
の、友人が、手製のパンを片手に、
僕の店を訪れてくれた。

ピアノの森俊之さんと二人、
3時間たっぷりのライブ、
だったそうで、
かなり御満悦の様子。

もう次はいつ大阪まで来るか、
わかんないよね、
行けて良かったわー、

ビルボードで、
高いお金出して、
1時間ちょい、
なんて、問題外やわ、

ユーミンの「春よ来い」、
カバーして歌ってたわー、
良かったよー、

でも、まさかの、
大瀧さん追悼、って、
「夢で逢えたら」、
お客さん盛り上がってたでー、

まぁー客の年齢層高いでー、
若いコはあんないいミュージシャン知らんのやろなー、
もったいない、

兎に角、御満悦のご様子だ。
羨ましい限りだ。

♪ 弧を描く
♪ 星達のまたたきが
♪ 終わらぬうちに

そぞろ歩きはやめようよ
月は今でも明るいが




頬に夜の灯http://youtu.be/MHu4LOGXj2I
僕が個人でやっているバーに、
友達が差し入れを持って顔を出してくれた。

「ちゃんとごはん食べてる?
 最近、パンを作っててさ、まぁ、
 炊飯器みたいなのに入れるだけなんだけど」

ありがたい話だ。
中島みゆきさん、メアリーブラックさん、
のCDも嬉しかったけど、
いやいや、機械任せとは云え、
手作りパン、
見るからに美味しそうではないか。

早速、何にも付けずに食べてみたが、
うむ、本当に美味しい。

プレーンなパンなのだが、
とは云え、いやいや、
コレがゴハン(お米)だったら、
こうはならないのでは?
と、疑問。

「ごはん炊いたから持って来たよ」
タッパーに入れたゴハンを出されたら、
何か違うよな気がする。

例え、それが、タッパーでなく、
おにぎりに結んであったとしても、
何か違うよな気がする。

差し入れとしての、
「差し入れ感」(って何だ?)
が全然違うよな気がする。

何故だ?
僕だけか?
僕は、自分でうたを作って、自分で唄う人間だ。

そう云う人間によくありがちなコトだが、
オリジナル至上主義みたいなトコがある。

オリジナルの楽曲を唄う人間、と、
他人の楽曲を唄う人間、と、だと、
ついつい、ほぼほぼ無条件に、
後者をコバカにしがちであるのだ。

それでいて、
僕のような中途半端なバカモノは、
自分のコトを顧りみた時に、
「いや、オレはボーカリストちゃうから」、
と、歌唱の下手さを云い訳し、
「いや、ギタリストちゃうし」、
と、ギターの下手さを云い訳し、
「せやから楽曲を聴いて下さい」、
と、云えども、そっちも所詮はアマチュア、
と、なんじゃ、そりゃ状態である。

下手でも、気持ちがあれば、ちゃんと伝わる、
なんてのは、まぁ、確かにあるではあろうが、
概ねは、甘えた幻想だ、と、僕は考える。
ある程度の音程やリズムは礼儀だ。
僕はそう思う。

まぁ、アマチュアは、それでもよしとしよう。
(ホントはよくないかも知れないけど)

プロフェッショナルの、
それを生業としている、
「シンガーソングライター」さんの中に、
いい年をして、ソコによりかかっているのか、
声や体のメンテナンスをせずに、
どんどん声が出なくなっているヒトを、
少なくなくお見掛けする。

それに比べると、
他人の楽曲を唄うコトを生業としている、
プロの「シンガー」さんは、
概ね、実に、見事に、
その商売道具を大事にして、
維持していらっしゃるように思う。

そして、年齢を重ねた分、
ちゃんと、その楽曲を体現する、
理解力・表現力が豊かになっている。

プロフェッショナル、
ってーのは、カッチョいい。


まぁ、それでも、
ついつい、うっかり、相変わらず、
オリジナル至上主義、
には、縛られてしまいがちなんだけど。