ロイターの記事なんだけど、俺はこういう所得隠しってオリンパスだけのものじゃない気がする。ちょっと古いけど船場吉兆とかウナギの産地偽装とか、赤福だとか、あの手この手の悪事のオンパレードで所得を増やす、あこぎな商売が日本の文化なのかと嘆きたくなる。
俺もいくつかの企業を技術派遣として回ったことあるけど、どう見ても真っ当に見えないやり方やってる会社もあった。スケールはだいぶ小さくなるが資料作成日偽装だの作成者偽装だのもあった。「仕様書が未発行なのにソフトウェアがなぜか存在する」という事態はしょっちゅうある。
まぁ俺の話の焦点なんて、日本の企業だけの話ではないことも分かっている。偽装だのなんだのなんて、海外の企業でも密かにやっていることだろう。
とはいえ、だ。偽装をするに至った経緯というものは考えてみる必要がある。ここから先は俺の推測だらけの話になるけれど、この根幹に根差すものは、「顧客中心主義」に偏り過ぎた日本的企業文化の悪癖ではないのかと思う。
「お客様目線」「顧客中心」「全てはお客様の為に」
聞こえは良いけれどサービスも過剰が過ぎれば自身を回る毒となる。企業にとって大切な「お客様」とは、お金を落としてくれる客であり、スポンサーでもある。お金を持つ相手にとって都合の良いことだけを示さないといけない。
それ自体が過剰になればどうか。企業自身の体質を見ることもなく、顧客中心・お客様目線ばかりになれば、企業は都合のいい事だけを言うようになる。いや、都合のいいことだけを着飾ってでも言わなければならなくなる。
都合の悪いことだって往々にしてあるのが当然なのだ。お客様・スポンサーの立場からすれば、都合の悪いことなんて耳を貸さない、聞きたくない、批判・非難したくもなるだろう。だがそれを過剰に恐れた企業の行き過ぎた考え方が、今の日本の「偽装文化」を生んでいるのではないか。
俺はオリンパスの不正が、外国人の元社長をキッカケに明るみになったことに関して、「日本の恥」だとは俺は思わない。よくぞ出してくれたと思う。
これがもし日本人の社長だったらどうだ?事なかれ主義の多い日本人なら明るみになっただろうか。必ずしもそうだったとは思わないだろう。
外国人の社長だったから出来たことなのだ。これは日本の信頼を取り戻すためのチャンスなのだと逆に考えるべきなんだと思う。