ハロウィン―。
10月31日、子供が仮装して近所を練り歩き、「お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ」とお菓子を貰う外国の祭りであることはよく知られている。
その代名詞的存在であるジャック・オ・ランタンは、悪霊退散のためのちょうちんの位置づけであるとか、さまよう死者を導くための灯であるとか、諸説あるらしい。
・・・ま、そんなことはどうでもいいのよ。
2014年10月31日。あたし、田橋瑞希の誕生日。・・・でも、あの2011年10月31日、あたしの心にトラウマを植えつけた日でもある。あんたに、こんな思い出は無いでしょうね。自分の誕生日に、自分の母親が、包丁を持って襲ってくるような思い出なんて。
当時3歳だったあたし。あたしはいつものようにお家の部屋で積み木で遊んでいた。
夕方、パパが帰ってくる。
「ただいまー。予約しといたケーキ、買ってきたぞ」
「はーい、ありがと」
ママは台所で夕食の料理を作っていた。今日の料理は魚料理らしい。スーパーで買った魚が、まな板の上に3尾塩コショウを振られて置かれている。
「・・・お、こらまた手の込んだモノを・・・」
パパが向けた目の先は、食卓の上。食卓の上には、バスケットボールほどの大きさのかぼちゃを顔型にくり抜いた、被り物が置かれていた。あたしはもちろん、パパやママでもかぶれるくらいの大きさだ。
目が釣り目で、トゲトゲのキバが生えた目。ママが作ったものだけど、当時のあたしから見ればちょっと怖い。あたしのママはイタズラ好きで、よく一緒に遊んでくれる。こういう手の込んだイタズラはママの得意分野だ。まぁ、そーゆーところはあたしも好きなところなんだけど。
・・・だけど、まさかあんなことになるなんて。いたいけな娘の心にトラウマを植えつける事件は、ここからだったの。
「これ、どうすんだ?」
パパがママに問いかける。ママは台所で料理を作りながら答える。
「瑞希の誕生日だし、いつもと違ってハロウィンで行こうかと思って。パパがこれをかぶって、瑞希を驚かそうと思って。節分みたいなもんよ」
「ふーん」
そう言ってパパは自分の頭を被り物に入れようとする。
「・・・おい、これ入らないぞ。サイズ合わねーわ」
ママは振り向いて、パパの様子を見る。頭が完全に入ってない。
「えっ、マジ?・・・じゃ、あたしがやるしかないか」
仕方無いと言った様子で、ママは台所の調理にまた戻る。
「そのホウキ、なんだ?」
パパはママのそばにたてかけてあるホウキを見る。台所には似つかわしくない、ホウキ。
「ああこれ?被り物だけじゃ味気ないし、ホウキならいいかなって思って」
「ふーん。お前らしいっちゃ、お前らしいけど」
「・・・じゃ、やりますか!」
魚に下ごしらえを済ませたママ。ママは食卓のカボチャの被り物を被る。
「あ、あれ?前が見えない・・・」
「おいおい、確かめながら作ったんじゃないのか?」
「うわー、やばいなー・・・」
あっちへこっちへ向きを変えてふらふらするママ。なんだかちょっと面白くてあたしはケラケラと笑っていた。
「ホウキホウキ・・・と、これか!」
そしてママが手に取ったのは・・・包丁!運が良いのか悪いのか、ママの手はちょうど柄の部分を手にしていた。そしてホウキを立てる真似をして・・・
どすっ。
まな板の下ごしらえを済ませた魚が突き刺さる。突き刺さった魚から血が出てまな板から血が滴り落ちている。
そのことに気付かないママは、魚を突き刺したまま、あたしに近づいてくる。
・・・どう?想像できる?自分の母親が、釣り目がかったちょっと怖めのカボチャの被りものをつけて、包丁で魚を突き刺して、血を滴らせながら近寄ってくる。3歳のいたいけな少女に過ぎないあたしにとっては、それはとても恐ろしい光景に見えた。
そばで見ていたパパは、ママの間抜けな様子を見て、ププっと笑っている。
ママはあたしに近寄りながら、こう言う。
「おかしをくれなきゃイタズラしちゃうぞー」
包丁から血がタラタラと滴らせてるくせに、それに気付かないまま近寄ってくるママ。
あたしはあまりの不気味さにガタガタと身を震わせて、足元に置かれたお菓子を渡す気にもなれない。
そしてひたひたと近づいてくるママ。パパは相変わらず笑ったままだ。この親父、さっさとあたしを救えっての!
ぴちゃ、ぷちゃ。
とうとう魚の首が崩れてぼとりと落ちる。
あたしはありったけの悲鳴を上げて、ママは異変に気付いた。
―これが、当時3歳だったいたいけな少女が経験した、恐怖体験。
あきたけん、ってところでなまはげ、っていうのがあるらしくて、あたしがちょうど体験したものと似たような行事らしい。でもなまはげは子供を良い子にするけど、あたしにはちょっとしたトラウマを受けつけられた。
―そして相変わらず、いたずら好きなママ。今年の誕生日の食卓にも、カボチャの被り物が置かれている。
おしまい。