【私立・獄門学園】第五話 愛ゆえに彼らは闘う…らしい。 | AQUOSアニキの言いたい放題

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「二人は愛ゆえに闘う!愛のため、一人の女を巡り闘う!ケーゴ・チリュー対クリス・ロイジャー、いよいよゴングです!」

「…なぁ」

「二人は何故に闘うのか?そう、二人はジェシカ・スウィリーを巡り、闘う運命にあった!そう、これは二人の男が生まれ持った宿命!宿命なのです!」

「おい…」

「只今一番ゲート売店にて、ジェシカのプロマイド、グラビア写真集、サイン色紙を販売中!」

「オメーさぁ…」

「三番ゲート売店にて、軽食、ドリンク類なども販売しております。こぞってご観戦ください!」

「聞けよ!!」

後頭部をスリッパでひっぱたかれ、ようやく紺野 忍がこちらを振り向く。


「痛ったぁーい!何するんですかケーゴ君!さっさと控室に行ってください!」
「何、人の喧嘩でショーバイやってんだよ…あることないこと好き勝手言いやがって」
わなわなと拳を震わせる圭吾。

「誤解してますね、ケーゴ君」キリッと眼鏡を構える忍。


「私のココ、見てください」忍は自分の後頭部を指差す。スリッパで叩かれたところではない。髪があった場所だ。
「私はいわゆる、あなたがたの喧嘩の被害者、巻き込まれた側の人間ですよ?一介の高校生に過ぎないケーゴ君やクリス君からふんだくったって、たかが知れてる。だからこそ、こうして二人のファイトで慰謝料を賄うんです!」

うっ…と圭吾は呻くが反撃する。

「そ、それならちゃんと償うから…」

「どう償うって言うんですか?女の誇りを、命を!ああ、愛情深かった私の髪、失ったものはもう戻って来ない!だからこうして少しでも心の穴を埋めるんです!」

そう言って忍はアナウンサー席の机に顔を伏せる。派手に泣き声をあげるが、もちろん嘘泣きだ。

ちっ、と舌打ちして圭吾は引き下がる。どうも女って奴は苦手だ…。


…と、ふと圭吾は観客席の人だかりに気づく。その中心には神楽さやかがいた。
「一口、定食の食券一枚ね」
「圭吾に三口頼む」
「クリスに五口」
「毎度ありー♪」

「あ、あの女…」

つかつかと圭吾はさやかに近づく。

危険に気づきそそくさと離れるさやかの後ろ首をむんずと捕まえる。
「あら圭吾君、今日のファイト、期待してるわ頑張ってね」
「心ない棒読みの応援貰ったって嬉しくも何ともないわ。それはそうと神楽、その手に抱えてるもん見せろ」

「これは入場券のチケット整理よ。…あっ!」
圭吾は半ば強引に腕の中の紙束を取り上げる。
見ると、学食日替わり定食400円の食券が束になっていた。

圭吾は細目でさやかを睨みつける。
「…賭けてたろ?」
「金銭は賭けてないわ。これは観戦を盛り上げるための趣向よ。退屈な凡戦を盛り上げるためのね」
さやかはすいっと圭吾が手にした食券の束を奪い取る。

「人の喧嘩を賭けにするなんざ…」

「わたしを悪党だとでも言いたいわけ?そうね、確かにわたしはあなたたちの勝負を賭けの対象にしようとしていたかもしれない。でもね、そもそもこの勝負の発端となったのは、紺野さんの髪の悲劇から始まったのよ?その悲劇の原因はあなた。そうでしょう?」

「それは話題のすり替えだろ?賭けをすることと勝負とは関係が無いだろ」

「ふうん・・・。わかってないのね、自分の立場が」


そう言ってさやかが瞼を細くして、冷たい眼光を見せる。

「わたしには、実力行使っていう手段があるの。あなたに有無を言わせない方法がね。この場であなたを心変わりさせることだって出来るわ」

そう言って周囲の空気が一気に冷える。まるで、さやかを中心に空気が渦になって集まっていくような感覚があった。強者のオーラ、とでも言うべきか。

「でもね・・・」

さやかが一変してニコリと笑う。部外者が見ればまるで天使のような笑顔とでも形容するだろう。

「そういうことは”あえて”しないわ。だって、あなたをこの場でフルボッコにすることは可能だけど、そんなことしたら賭けは破算。だからあなたは見逃されてるの。わかるぅ?」

今度は上目遣いでケタケタと笑顔を浮かべながら圭吾を見る。


圭吾は内心思った。こいつは表向き、優等生で非の打ち所がない天使のような奴だと思われてるがとんでもない。こいつこそ大悪党。そしてそこの忍も、悪党だ。ウチのクラスの女子って、こういうタフなのしかいないのか?


再び天使のような笑みを浮かべて圭吾を称える。こういう表情の豹変ぶりは正直すごいと思った。

「だから、せいぜい頑張りなさいよ。ぶっちゃけ、勝ち負けなんかどーでもいいけど、賭けを盛り下げるようなことしたら、あたしがあんたを葬るわ」

とん、とさやかの拳が圭吾の胸を突く。

「あんたがここで無様に負けたら、この学園であんたの居場所は無くなるかもしれない。だから、必死にあがきなさい。あがいてあがいて、居場所を掴むのよ。そうでなきゃ・・・」

さやかの拳の押す力が強まる。

「この学校をシメるなんて、ジョークもいいとこよ」

さやかの拳が離れる。さやかは振り返り、その場を離れていく。


・・・応援してくれてんのか?されてないのか?よーわからんが・・・あいつが素直じゃねぇってのはよーくわかった。


圭吾は右手を握り締めてさやかに呼びかける。

「ったりめーよ!あんな野郎、上等だ!ボッコボコにしてKOしてやるぜ」





「わかってんだろーな?作戦」

セコンドの車田が圭吾に話しかける。

「ああ、わかってるぜ」

「まともに野郎とボクシングやろうなんて考えるな。奴のセンスは並みじゃねぇ。一瞬の油断がお前の命取りだということを忘れるな」

「こないだので十分分かってる。やられる前にやれ。野郎のツラに俺のパンチをブッコめばいーんだろ」

「・・・全然わかってねぇじゃねぇか。いいか、野郎の技はあの”黄金の日本Jr”の技を全てマスターしている。まともに受けたら勝ち目は無くなる。奴の隙は技が出るまでのタメだ。タメの間を見逃さずに攻撃しろ。体勢さえ崩せば奴は技が出せない。避けるとか受けようとするな。前に出てとにかく攻撃しろ」

「攻撃オンリーか。俺らしくて上等じゃねぇか。ところでよ・・・」

「あん?何だ」

「なんで車田は、俺のセコンドなんか買って出たんだ?」

「ああ、そんなことか」

フッ、と笑って車田は目線を逸らす。

「・・・別に深い意味はねぇよ。こないだのプールの件で、お前には俺と似た空気を感じた。だからだよ」

「・・・なんか、快く受け取っていいかどうかわからんが、前向きな意味に考えとくわ」


リング内には圭吾ともう一人、相手のクリスが待ち構えている。クリスは余裕からか、観客にアピールをしている。・・・と、クリスが着ているものに気づく。クリスが着ているTシャツは、圭吾の写真をプリントアウトしたものだ。圭吾がそのTシャツに気づいたのを見計らって、クリスはおもむろに自分のTシャツをグローブの手で掴む。皺が圭吾の写真をゆがめていく。クリスの握力は段々増していき、そしてTシャツの生地に亀裂が入り・・・飛散した。


「ハッハッハー!お前もこうなるって予告してやろう!!」

「上等じゃねぇかこの野郎!おかげで容赦なくボッコボコに出来るぜ」


リングアナウンスの忍がマイクで場内に試合開始を呼びかける。

「みなさん、長らくお待たせしました!さぁ試合開始です!二人は、愛ゆえに戦うのです!愛の女神は、どちらに微笑むのか―」


カァンと、乾いたゴングの音が鳴り響いた―。


(続く)