ちょっと朝から考えていたことがある。毎朝ニュースで、やれ政府がどうの、やれ芸能人がどうの、やれ事故・事件がどうのとニュースキャスターが発表し、評論家、コメンテーター、ゲストたちがああだこうだと考えを言う。
ネットもそうだ。ニュース記事に対して、閲覧者たちがコメントを書いてああだこうだと意見を並べる。
ときに擁護であったり、同情であったり、批判であったり、非難であったり。
俺は思ったんだ。ニュースの中身なんて、大概が『他人事』。俺達は、『他人事』に対して、良い悪いだの、ああだこうだとガヤガヤ言っているだけなんだって。
所詮、ああだこうだと言ったところで"当事者"じゃない。当事者じゃない限り、責任は無いし、真剣になろうとしない。失うものが無いから、何の関係も無い他人にああだこうだと結果論を振りかざしたり、酷いときは相手を全否定しようとする。
ああだこうだと非難することは実は簡単なのだ。簡単な人生を送るだけなのだ。
何も責任をとらず、失おうとせず、何も達しようとしない。簡単で薄い、誰の記憶にも残らない人生。
…いいのかこれで?
何も得ない。何も失わない。それでいて他人事にはモノを言う。なんてあっさりとした人生なんだ。
俺は今、身の回りのモノに対して、すごく疑問だらけになっている。
俺はああだこうだと言うけれど、結局薄い人生を送っているだけなのでは?
ちくしょう。なんだか居ても立っても居られない。なんだか、そんな気分なんだ。