今日はなかなか興味深い話が聞けた。夕方からこれまで、会社で別のメンバーたちがプロジェクトを失敗して、その反省会に参加させられたのだ。
俺は全く関係ないし、その背景もわからないのに、なぜ?と思ったのだが。
まぁそんなことはさておき、反省会とは言いつつも、実際は『説教会』ってわけだ。上の人達が色々と言い並べる時間ってわけ。当事者にとっては辛い時間だ。
反省点を書いたテキストデータを閲覧する。
『コミュニケーションが不足だった』
『目的を理解しないまま作業をした』
『深く自分の中で理解を落とし込まなかった』
…よくある反省点って奴。どこの会社でも、学校の部活でも、どっかの記者会見でも定番といえば定番の反省点だ。
これについてはどうこう言わない。俺は元々部外者なわけだし、当事者でなければ解らないところだってあるはずなのだから。
興味深いと感じたのは、その上司の反省点のテキストデータだ。
『評価が下がるのが怖かった』
『ベテランたちだから大丈夫だと思った』
『部下たちが率先して行うべきだと考え、放任していた』
などなど。前者の反省点に比べてもう少し具体化した感じだ。
最も興味深いと思ったことは、『怖かった』だ。
ほかの反省点を並べると、『人任せだった』
『自分の範囲外だと思ったこと』
『細かいところまで聞くのは客先に失礼だと思った』
などなど。注目してほしい。
これらの反省点から浮き彫りになる、感情は何か?
それは、『怯え』だ。『自己保身』と言い換えても良い。『利己』とも言える。
つまりどういうことか?
人間は追い詰められれば、言い訳を並べる。言い訳とはつまりここでは『反省文』だ。
反省文には綺麗事、格好を付けた理由しか書かれない。そしてその格好良い文の真の底にあるものは、『怯え』だったり、『逃げ』だったり、『恐怖』というわけだ。
俺は別に、彼らの反省の仕方の良し悪しは言わない。そんなことは当事者の尺度で決まるからだ。
素直に、興味深いと思った。それだけ。
人間は、取り繕った理由(建前)という殻を作りたがる。そしてその殻を破れば中にあるのは恐怖、怯え、躊躇。場合によっては憎悪とか嫉妬もあるかもしれない。反して、尊敬だったり愛情だったりということもあるかもしれない。
当たり前のように感じるかもしれないことだが、今日の俺は、このことが実に興味深いと思った。
実に面白い。