秋葉原連続殺傷事件から2年7ヶ月、禁止になっていた歩行者天国が再開になりました。
あの事件からもうそんなに経ったのかという思いです。
あの事件の裁判は今どうなったんだろう。
あの事件を振り返って思ったことを書いてみます。
あの事件の直接の原因はもちろん加害者自身の行動によるものだけれど、あの当時は似たような境遇の人達がたくさんいて、自分の将来に絶望したり他人を妬んだりしていた。
派遣村なんてのもあったよね。
加害者に自分の力で生きてやるという気持ちがあればあの事件は起こらなかったかもしれない。
他人に見せびらかして同情を買うような動機は少なからずあったはずだ。
俺は同情する気も共感する気もさらさらないけれど、俺を含め自分達が置かれている境遇や立場なんて、風が吹けばどこかへ飛び去ってしまうような薄っぺらい代物でしかない。
あと1時間後に大地震が起きて住んでる家が消え、帰る実家も無くなって、家族もいなくなってしまうかもしれない。
そういうときにとるべき手段は他人を羨んだり妬んだり絶望したりすることではなくて、協力しあうことなんじゃないだろうか。
個でなんとかしようとしたってやれることなんてたかが知れている。
不幸な境遇を打開して元に戻すのはとても難しいことだけれど、あるいは別の形で、またあるいは元よりも良い形にすることだって可能なのだ。
点ではなく線で。あるいは面で。
あの事件の加害者の行動があの事件の直接の原因だけれど、あの事件は誰だって、俺だって加害者になりえるのだ。
非難することだけではなく、もし同じような境遇に置かれたら自分はどうするべきか、あるいはどうすれば"加藤"にならずに済むか、考えてみてはいかがだろう?