さっきファミレスで勉強中、友達から電話がかかってきた。
奥さんが出産を控え、養育費や生活が心配で、
給料がもっと高いところに転職したいと、ぼやいてた。
事情は違うけれど、俺も転職したい。
自分の技術やスキルで人生勝負したくて、そこに自分の生きる道があると信じているからだ。
・・・で、言われたんだ。
「・・・なんでお前、そんなに勉強するんだ?学生じゃねぇのに。わかんねぇ。」
まぁ確かに。俺もなんでここまで好きなんだろうな。
俺にとって、勉強すること自体好きだし、ライフワーク化してるから、
苦痛は感じない。
受験だとかテスト勉強だとか、そういうイメージがあるから、敬遠したくなるんだろうな。
今の俺には、テストもないし、受験もない。
資格も受験したいのはあるけれど、今は受験してない。
自分のやりたいようにやってる、っていうのが今の状態なのね。
俺が勉強が好きなのは、
「知りたい」っていう欲求から沸いてきてる。
俺はよく書店に行って、書籍を探す。
今は、プログラミングの本から、仕事の進め方とか、ビジネスワーク術、プレゼン能力、
文章の書き方、モノの考え方などなど。
書店は知識の宝庫で、俺にとってはすごく刺激になるし、そこにいて、
立ち読みでパラパラっと読むだけですごくやる気が沸いてくる。
技術書を読むと、さっぱり分からない部分があるけれど、分からないところはいずれ分かるようになってやる、
っていう風に、すごくやる気が沸いてくる。
欲望は人間の意識の根源だ。
良し悪しはともかく、人間のつながり、興味、動機、行動、全てにおいて、本能をはじめとして
欲望が根源にある。
本能と欲望は、建築物のようなもので、本能という土台の上に欲望が存在すると
俺は思う。
本能が満たせなければ欲望は満たせない。
本能が満たせないと、人間は幸せを感じられない。
↑これは俺の持論。
人間の基本的な本能を満たすことが、幸せになるための重要な要素になる。
毎日、睡眠不足で、頭の中がぼんやりしているような状態の人間が、果たして幸せだろうか?
俺がなぜ勉強が好きなのか?
それは、知りたいっていう欲望から根ざしているから起因している。
テスト勉強のため、受験のため、っていうのは、単純に苦しいだけで、
欲望を満たすための動機としてはダメなんだと思う。
俺は高校生のとき、数学と物理が得意だったけど、
テストの時間は、自分の力を試す時間としか思っていなかったので、
ドンと来い応用問題!っていう意気込みだった。
つまり、知ること自体そのものが欲望になれば、面白くなると思うんだ。
俺は、プログラミングとか、社会とかビジネスとかに興味があって、
勝手に勉強してるだけだけど、
美容とか絵画、医療、造形だとか、色々な興味から根ざして進めていけば、
みんなそれぞれ、やりたいことを知りたいって思うようになると思うんだ。
知ることは素晴らしいこと。
知れば自分に小さな変化が生まれ、小さな変化の積み重ねが人生の大きな変化になる。
俺は、こう思います。

