わざわざ?
映画リピータ向けだったはずの歌詞字幕バージョンをなぜわざわざ(もしかしてDVD販売に影響しないための放送制限?<版元交渉がんばれなかったかな)。
映画の余韻をぶち壊しにするエンディング濱○アップと音痴に吐き気(こっちは制限じゃないだろう、単なるテレビ局のクソセンス>速攻チャンネル変えたが)。
なぜこういうダメな爪あとをわざわざ残そうとするんだろうか?謎である。
全盛期こういう手法が受けていた(と勘違いしていた)いわゆる成功体験というやつか?
「歌おう」とかいう付加価値をつけたくなるのは、放送側がなぜか映画をほとんどの人が既に見ていて手垢の付いたコンテンツ扱いをしているということ(そもそも失礼な話だ)。
テレビ初放送なんだから、初めて見る人や、久しぶりに見る人もいるというか、それが視聴の中心というのをあきらかに見誤っている。
そういう人たちからすると、必要なのは余計なことをしないことがなにより肝心のはず。
また、ヨシヒコ3のエピソードで、イマサーラの呪文というのがあって、ラッスン○レライをいまさら全力で歌うというので、ものすごく恥ずかしくなるというのがあったが
いまさら、この映画のアレを歌うという行為はDVDとか持ってて小さい子のいるご家庭を除けば、結構近いレベルで恥ずかしいと思うのだが。
だからなおさら静かに見たいと思うのがわからんのだろうか?
それを・・・
ということで、人心何もわかっていない感まるだしということである。
他局との競争にまったく勝てなくなった理由がわかった気がした。