電光枠なんかいらない
震災から1週間以上経ってるにも関わらず、いまだにテレビの一般番組に電光掲示盤のようなニュース用外枠をつけて放送し続けている
ゴールデンタイムには消えるようになって来てはいるが、深夜や朝になるとまた復活し、人々の心を休ませない悪しき効果を発揮しているようにしか思えない
このような行為が続くことは、いたずらに異常事態感を演出することに他ならなく、危機感や圧迫感を煽った結果、買占めや被災地以外ではすぐに必要でもない緊急用品の焦り買いなどのパニック行為を誘発した原因の一つになっている可能性がある
また、垂れ流し報道は、かえってその報道自体の価値を低める(馴れてしまって軽視されるか、内容は伝わらずにただ不安感だけを残す)事になり、この先万一危険な余震があった場合、またかと見くびってしまい、危険な状況を誘発するおそれすらある
したがって、それなりの期間(震災~3日ほど)が過ぎたら、まあ、伝えたい情報が細かくあるのかもしれないが、それをテレビから得るという方法だけで得ようとしている人間があまり多く想定できなくなった時点で、すみやかに終了させたほうが、事態を沈静化する効果だけでなく、報道にメリハリがつき、いざという時人々の関心を高める効果(ずーっと流れてるところに、警告文が1行加わるのと、普通にしてたところに突然警告が出るのじゃインパクトが全然違う)もあって望ましいと言える
細かい情報は、ぐだぐだ同じ事を際限なくリピートし続けているニュースからワイドショー的感動&悲痛な内容を演出したような類の情報を流す時間を減らせば、朝昼晩3回ほどの放送で、充分事足りるだろう
そういう整理された形態で流すことが分かっていれば、必要で見る人の側も、あ、今テレビを見るべき時間だと、集中して視聴が出来、復興に関わる時間を有効に使うことが出来るし、無駄な長時間視聴を減らして節電にもつながる
こういう時は、錦の御旗でも持ったつもりでそこのけそこのけ報道様だ、てな感じで報道重視になりがちだが、エキセントリックな行為が、エキセントリックな行為の呼び水になるということで、必要性をもっと柔軟に判断し、むしろ垂れ流し放送を避けるように配慮すべきではないだろうか。
ということで、前回の書き込みから、自分的にエキセントリックな期間が過ぎたので、内容を整理してみました。
ゴールデンタイムには消えるようになって来てはいるが、深夜や朝になるとまた復活し、人々の心を休ませない悪しき効果を発揮しているようにしか思えない
このような行為が続くことは、いたずらに異常事態感を演出することに他ならなく、危機感や圧迫感を煽った結果、買占めや被災地以外ではすぐに必要でもない緊急用品の焦り買いなどのパニック行為を誘発した原因の一つになっている可能性がある
また、垂れ流し報道は、かえってその報道自体の価値を低める(馴れてしまって軽視されるか、内容は伝わらずにただ不安感だけを残す)事になり、この先万一危険な余震があった場合、またかと見くびってしまい、危険な状況を誘発するおそれすらある
したがって、それなりの期間(震災~3日ほど)が過ぎたら、まあ、伝えたい情報が細かくあるのかもしれないが、それをテレビから得るという方法だけで得ようとしている人間があまり多く想定できなくなった時点で、すみやかに終了させたほうが、事態を沈静化する効果だけでなく、報道にメリハリがつき、いざという時人々の関心を高める効果(ずーっと流れてるところに、警告文が1行加わるのと、普通にしてたところに突然警告が出るのじゃインパクトが全然違う)もあって望ましいと言える
細かい情報は、ぐだぐだ同じ事を際限なくリピートし続けているニュースからワイドショー的感動&悲痛な内容を演出したような類の情報を流す時間を減らせば、朝昼晩3回ほどの放送で、充分事足りるだろう
そういう整理された形態で流すことが分かっていれば、必要で見る人の側も、あ、今テレビを見るべき時間だと、集中して視聴が出来、復興に関わる時間を有効に使うことが出来るし、無駄な長時間視聴を減らして節電にもつながる
こういう時は、錦の御旗でも持ったつもりでそこのけそこのけ報道様だ、てな感じで報道重視になりがちだが、エキセントリックな行為が、エキセントリックな行為の呼び水になるということで、必要性をもっと柔軟に判断し、むしろ垂れ流し放送を避けるように配慮すべきではないだろうか。
ということで、前回の書き込みから、自分的にエキセントリックな期間が過ぎたので、内容を整理してみました。