根性で強く
ならん・・・少ししか。
最近スポーツで根性強化のためのしごきが問題になっているが、これらと根が同じと思われる根性重視感覚がマンガアニメ界にもあると思うわけだ。
それは、ロボアニメや格闘アニメなどで、主人公が「うおおおおおおおぉおおおっ」ていうと、相手のガードを突き破って格上の相手を簡単?に撃破してしまうあの演出のことである。
あの根底にあるのが、「根性でなんでもできちゃう感」信仰ではないでしょうか。
できないって。
というか、そんなことが簡単にできたら、ずるいでしょそんなの。
強いものが勝つのが現実としては正しい(勝ったほうが正義という意味ではない)。
何もかもやりつくし、あとは根性くらいしか鍛えるところがなくなったらそこにすがってみればいいと思うわけで。
ところが一般的には、まず根性修行的なことをやらせることがあまりに多い。
ようするに根性もないのに、技術だけ覚えても物にならないという考えである。
でも、自分は逆に考える。最初からそれだけの真剣さを持ってる人間でなければ、所詮それまでの人なんだから、ダメで仕方ないじゃん、と思うわけです。
よっぽどせっかくの弟子を失いたくないのか、根性から教育するなんて、自分からするとずいぶん親切なんだなあ(そのわりには技はちゃんと教えず、盗めとか・・親切なんだか不親切なんだかわからん(笑))、と思ってしまうわけで。
で、根性がつくと強くなるかというと、そうかな?
ボビーで有名になった米軍隊式の場合、まずとにかく鍛える>できないとバカにする>できると、この訓練についてこれたおまえはエリートだと持ち上げる>もっと難しいことをやらせる>エリートのくせにそんなこともできないのかと落とす>自分はエリートだからこんなことは楽勝だと思うようになり、次々難しいことをクリアするようになる。
ようするに鍛えると同時にプライドをくすぐっているのである。
厳しいことを強制されるというより、高くなったプライドで厳しいことに進んで挑戦していく意識を持つようにさせる仕掛けになっている(頭のいい人が難しいクイズに挑戦したがるような感じ)。
軍隊式は、これが非常にシステム化されているということにある(エリート意識も上がり過ぎ、現地の人をバカにするようになってしまうのが難点だが)。
ただただ厳しくすればするほどいいというような単純なものではなく、内容も吟味されたものでなければ意味がないのである。
根性(厳しさに耐えたことで培われたプライド)をうまく利用して、さらに難しい内容をクリアさせるわけで、あくまでメインは内容のほうであることを忘れてはいけない。
以上は現実での話ですが、マンガなどのほうでも、やっぱ、技も強くなったというところをアピールする流れやストーリーをちゃんと見せるべき(V3とかレオとか、流星キックの帰マンの修行をしてるところとか、明日のジョーのトリプルクロスとかの技の駆け引きとかを細かく描写する演出とか)だと思うし、その上で、説得力のある「うおおお」なら、それは演出の一つとして良い効果だと思う。
注:ちなみに気合勝ちの究極?のグレンラガンは大好きです。そこまで描き来きっちゃってるなら、それはそれで感動的だと思います。うおおお全てを否定しているのではなく、安易な感じがしちゃてるのがどうかと思うだけで・・とはいえ安易かどうかの線引きは難しいですが。
ということで、今でもまだスポーツ界などで根性論者が問題起こすのは、そういう「うおおお」幻想にとりつかれた結果なのかなと思うことが暫しあるので。