と、ふと思った日。


住居環境が悪いのも加わり

ストレスが限界突破する日が多い。


癇癪を起こす子がいて

何時間でも発狂するのが始まると

次女のそういう時期を思い出し

「罰が当たってるのか?因果応報なのか?」

と自分を責める要因になってしまう。


余りに終わらない日は

シャワーをしに行く。


それでも癇癪が続いていたら

私のストレスは限界突破する。



夫は少しずつ

私と子供たちのことを

理解し始めた。


ダム決壊のようになると

それはそれでやばいから

少しずつでいい。



夫には

私の時差がある生活や

あまり動けないことに対して

何も文句を言わないことは

感謝していると言った。


実家なら

根性なし、お前が足りない、

いつまでゴロゴロしてるんだ、等

責められるは怒鳴られるはで

休んでなんか居られない。


私はもう実家が無理だと

改めて思ったし

昭和の文化が嫌いだと思った。



AIに

今のご時世改善されてる

昭和のダメなところを

リストアップしてもらった。


我慢が美徳、苦労が美徳、

という文字を見て

改めて凄まじい時代に

生まれてしまったと思った。



そして我が家は

昭和の文化を大事にする

後期高齢者のジジババに

攻撃されてきた。


親の反面教師で生きるって

生きてきた方はご存知だろうけど

それだけでかなり大変だ。


なのに

怠け者のしわ寄せ係のような

扱いなど

もう理論そっちのけで

全身全霊で拒絶反応しか出ない。


夫にもしわ寄せを押し付けられても

発狂したくなるだけで

何も残ってないからやめてくれるよう

言った。


前借りしすぎて

もう残ってないんだよと。



夫から見れば

しわ寄せを

押し付けたのかもしれないけど


私たちからすれば

それとは別で配慮してきたことは

沢山ある。


それに対して何もないの?と。


漏らすように言った夫の言葉は

マトモだった。



私はもう昭和の悪しき文化は無理。

賛同できない。


押し付けられると生きる意味を失う。



身体も体力的に弱っていて

理論上長生き確率は低い。


夫にはやや申し訳ないが

それでいいんだ。


少なくとも今はそう思う。



ましてもや

子どもをあてにしすぎて

孫まで虐めた人たちにこそ

もうすることは無い。



ストレスが限界突破している。



寝る前に娘たちが見ていた

転スラを少しずつ観て

共通点を増やして少し落ち着く。


落ち着いたらあのスライムを

紙粘土で作ってみようかと思う。



もう昭和の概念には

関わりたくない。


親だけではなく

それが嫌で私は独り海外に出た。


帰国しなきゃ良かった…

いや、帰国しなきゃ兄弟が

命を落としていたかもしれない。


色んな想いはあるが

親が親を怠けてなかったら

そんな想いもない。