発作の間隔は、明らかに短く、発作は明らかに普通じゃない動きになってきた。
病院は土曜日なので、救急外来しか開いていない。
病院に着くと、思いのほか人が多い。
電話をせずに行ったため、受け付けでは困った顔をされる。
受け付けの紙を書いて待っていると、今日は小児の担当は別の病院なので、別の病院に行くよう言われた。
車に戻り、他の病院に電話をかけようとしていると、さっきの受け付けの人が急いで向かってきた。
受け付け用紙の、“痙攣”の文字を見て、小児科の先生に救急で見てもらえないか聞いてくれたらしい。
よかった。
急いで病院内に引き返す。
若くてかわいらしい感じの女の先生が担当だった。
とりあえず息子は酸素濃度を測る機械を付けられ、念のため酸素マスクも用意。
先生に今朝の動画を見てもらった。
「う~ん、痙攣?ぽいかんじもするけど…」
なんて言ってるうちに、看護師さんに抱っこされながら、息子の目付きが怪しい。
まただ。
もう30分とたたずに発作になっている。
「これは痙攣だね!酸素は?」
機械を見ると、よく覚えてないが確か80台くらいの値を示していた。
看護師さんたちが、急にパタパタとあわただしくなり、何かを用意している。
息子は酸素マスクを付けられ、すぐに痙攣止めの注射をされた。
私と旦那は、点滴のルートを取るから、と処置室から出されてしまった。
外では義母たちが心配そうに待っていた。
処置室の中からは、息子が聞いたこともない声で泣いている。
…やっぱり痙攣だったんだ。
もっと早く来ればよかった。
どうしよう、どうしよう…
病院に向かう車の中から、もう息子は泣くか発作かという感じだった。
なかなか開かない処置室の扉の前で、延々と続く息子の泣き声を聞きながら、私は自販機で買ったお茶をがぶがぶ飲んでいた。
もう2本目だ。
飲んでも飲んでも喉が渇く。
震えが止まらない。
泣き声が止まると、何かあったのではないかと一層不安になった。
こうしているうちに、痙攣が止まらなくなって、死んでしまうんじゃないか。
まだこの世に産まれてたった数日の、会ったばかりの我が子を失う恐怖。
考えただけで立っていられなくなりそうで、息子の声だけに集中していた。
泣き声が聞こえてるうちは大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫…
旦那が、
「大丈夫だ、しっかりしろ!しっかりしろ!」
と怒ったように言っていた。
不安とぐちゃぐちゃの感情を通り越すと、吐き気がした。
しばらくして処置室のドアが開くと、目を真っ赤に泣き腫らした息子が、看護師さんに抱っこされて出てきた。
手の点滴にはちゃっかり可愛いお花の絵が描いてあった。
息子は注射が効いたようで、思いのほか大丈夫そうだった。
これから痙攣の原因を調べるため、CTの検査をするのだという。
移動しながら、息子は泣きつかれたのか私の腕の中で寝てしまった。
眠ったまま、息子を真っ白な大きな機械の前に置いた。
機械に対し、生後2ヶ月の息子はあまりに小さく、異様な光景に思えた。
「すぐ終わりますから、お父さんお母さんは外で待っていて下さい。」
また扉が閉まり、厚い扉の前で、旦那と二人落ち着かずに待つ。
私は先ほどのがぶ飲みが効いて、ちょうど目の前にあったトイレへ。
トイレから急いで戻るも、まだ検査は終わらないようだった。
少し離れたベンチには、診察待ちなのか、具合悪そうなおじさんが、ビニール袋に向かって「オエ~っ」としていた。
具合悪いのに、割り込んですいません、と妙な罪悪感に苛まれる。
実際、1つしかない処置室で、すごく時間をとっていた。
交通事故なのか、「痛い~」と大きな泣き声をあげて、小学校高学年くらいの男の子が運ばれてきた。
付き添いのお母さんは、励ましながら泣いていた。
そうこうしてるうちに、ほどなく検査は終わった。
そして息子と共に出てきた医師の言葉に、私も旦那も愕然とした。