何とかトイレの修理費を払い終わった私は、
その頃くらいから学校をよく休むようになった。
とにかく、体がだるくて動けないし
同じ学科の人に会いたくなかった。
私は教員志望で、同じコースの人はほぼ4年間一緒に講義を受けてきた。
だから、みんなの頑張りは知っていたし
ちょうど教員採用試験の勉強に力を入れ始める時期だった。
だからこそ、何も頑張れていない自分が嫌だったし
今まで同じラインに立っていた仲間たちとの距離がどんどん開いていくことに劣等感を感じた。
みんなが必死になって勉強している時間、
単位を取るために講義に参加している時間も
私は家で、食べて吐いてを繰り返していた。
1年生の頃は、「絶対に教師になってやる」と意気込んでいたのに
嘘のようにそんな気持ちは薄くなっていた。
講義にもといけないことは自分が一番わかっていたから、
心療内科にも行った。
一つ目の病院は、先生は作業的にしか話を聞いてくれなかった。
二つ目の病院は、話を聞いてはくれるが
完全に患者を商売のために使っていた。
結局、薬物療法も意味がないと思い
途中でやめてしまった。
講義にもなかなか参加できず、
大学生活で初めて単位を落とした。
その時のショックは、とても大きかった。
自分で言うのもなんだが、今まで割と真面目に生きてきた。
先生の前では「いい子ちゃん」でいたし、
ルールを破ることができないタイプだった。
赤点や追試などとも一切無縁だった。
だからこそ、落単した時は
落ちるとこまで落ちてしまった、と自分を責め続けた。
それと同時に、家族の期待を裏切ってしまった後悔があった。
話はずれるが、私が摂食障害、うつ病になってしまったのには
家庭環境が大きく影響しているのだと思っている。
それについては、次のブログで書いてみようと思う。