現実を見なさい
自分を悲劇のヒロインにするのは止めなさい
そう言った人が、現実を見ず、自分が哀れだという思いに、
どっぷり浸かっている。。。
そんな事を言ったなんて、
きっと覚えていないのでしょうね。
そんなあなたの言葉を、これからどんな風な表情で聞いていけば良いのでしょう。
きっと、しばらく、仮面を付けなければならないかもしれません。
もう、耳を傾けてはくれないでしょうから。
でも、
あなたが居たから、私が居るのも事実です。
隣の芝生は青く見える・・・
その青さに、どうしても執着してしまう・・・
今、あなたは、その状態ですよって、伝えたい人に伝えられない。
伝え方を間違うと、
「私が悪いのね」と手がつけられなくなる・・・
その青さに、どうしても執着してしまう・・・
今、あなたは、その状態ですよって、伝えたい人に伝えられない。
伝え方を間違うと、
「私が悪いのね」と手がつけられなくなる・・・
『ある人に魚を一匹与えれば、その人は一日食える。 魚の取り方を教えれば、その人は一生を通して食える。』
・・・中国のことわざだそうです・・・
たまに目を通すサイトに載っていました。
この言葉を見た時、色々な事を思い出しました。
24日の「仮面ライダーオーズ」で・・・
恩師が亡くなった家庭を援助する為に、
青年は、毎月・・・毎日、ポストにお金を投函し続けていました。
でも、その為に、
恩師の奥さんは、「お金」の感覚がマヒして、消費者金融にまで手を出すようになってしまっていました。
ちょっと前のテレビで・・・
炭作り名人が、ある国のある地域(忘れました
)で、
その地域にあるもの、その地域で不要になるものなどを利用して、
「その地域」の炭を作り、その地域のもので作れる「炭団(たどん)」を模索して・・・
その作り方を、地域の人に伝授していました。
炭と炭団の「作り方」を伝授された地域の人々は、
恐らく、薪拾いの量や時間が少なくなる事でしょう。。。
恐らく、少ない薪で、十分な火力を得られる事でしょう。。。
恐らく、「すぐ」に火がつくよになるでしょう。。。
竹酢液の取り方、使い方も伝授され、裸足の子供たちの傷のケアの一助になるでしょう。。。
「ナポレオンが傷病兵の傷口に唇を当てて膿を吸い出してやった時、多くの兵士は感動したが、それを伝え聞いた兵士の母親は、これで自分の息子の一生は終わってしまったと嘆いたそうです。兵士は負い目からナポレオンに死の忠義を尽くすから、もう二度と帰ってくる事はない、母親はナポレンの慈悲深い行為を受け入れ難い仕打ちとして悲しんだのだそうです。」
これも、そのサイトにありましたが、
これは、「ハッ!」とさせられました。
「桃太郎」だ!!
「与える相手が、いつかその与えたものを返せるように取りはからって与え」れば、
与えられた人は、「与えられた負い目」から解き放たれる。。。
「与える」時・・・
それは、相手に「必要なもの」を与えているのかを考えるだけじゃなくて、
相手に「必要な方法」で与えているのかも併せて考えなければならないのですね。
与えた「もの」に頼ってしまう・・・
与えた「人」に頼ってしまう・・・
そこからは、何も生まれないのだなぁって。
与えた「そこ」で終わってしまって、広まっていかない・・・
与えたものを、次の人へ、更に次の人へと・・・
バトンされていく、波紋の様に広がっていく・・・
そうなると良いですね
与えられる側も、
気持ちが能動的である事も必要ですね
・・・中国のことわざだそうです・・・
たまに目を通すサイトに載っていました。
この言葉を見た時、色々な事を思い出しました。
24日の「仮面ライダーオーズ」で・・・恩師が亡くなった家庭を援助する為に、
青年は、毎月・・・毎日、ポストにお金を投函し続けていました。
でも、その為に、
恩師の奥さんは、「お金」の感覚がマヒして、消費者金融にまで手を出すようになってしまっていました。
ちょっと前のテレビで・・・炭作り名人が、ある国のある地域(忘れました
)で、その地域にあるもの、その地域で不要になるものなどを利用して、
「その地域」の炭を作り、その地域のもので作れる「炭団(たどん)」を模索して・・・
その作り方を、地域の人に伝授していました。
炭と炭団の「作り方」を伝授された地域の人々は、
恐らく、薪拾いの量や時間が少なくなる事でしょう。。。
恐らく、少ない薪で、十分な火力を得られる事でしょう。。。
恐らく、「すぐ」に火がつくよになるでしょう。。。
竹酢液の取り方、使い方も伝授され、裸足の子供たちの傷のケアの一助になるでしょう。。。
「ナポレオンが傷病兵の傷口に唇を当てて膿を吸い出してやった時、多くの兵士は感動したが、それを伝え聞いた兵士の母親は、これで自分の息子の一生は終わってしまったと嘆いたそうです。兵士は負い目からナポレオンに死の忠義を尽くすから、もう二度と帰ってくる事はない、母親はナポレンの慈悲深い行為を受け入れ難い仕打ちとして悲しんだのだそうです。」
これも、そのサイトにありましたが、
これは、「ハッ!」とさせられました。
「桃太郎」だ!!
「与える相手が、いつかその与えたものを返せるように取りはからって与え」れば、
与えられた人は、「与えられた負い目」から解き放たれる。。。
「与える」時・・・
それは、相手に「必要なもの」を与えているのかを考えるだけじゃなくて、
相手に「必要な方法」で与えているのかも併せて考えなければならないのですね。
与えた「もの」に頼ってしまう・・・
与えた「人」に頼ってしまう・・・
そこからは、何も生まれないのだなぁって。
与えた「そこ」で終わってしまって、広まっていかない・・・
与えたものを、次の人へ、更に次の人へと・・・
バトンされていく、波紋の様に広がっていく・・・
そうなると良いですね

与えられる側も、
気持ちが能動的である事も必要ですね

「リメンバー・チェルノブイリ・デー」
1986年にソ連ウクライナ共和国のチェルノブイリ原子力発電所で人類史上最悪の原発事故が発生し、周辺の地域に大量の放射能がまき散らされた。チェルノブイリの悲劇を忘れないための日。
1986年にソ連ウクライナ共和国のチェルノブイリ原子力発電所で人類史上最悪の原発事故が発生し、周辺の地域に大量の放射能がまき散らされた。チェルノブイリの悲劇を忘れないための日。

同僚に教えて貰った浜焼市場に行ってきました。
最近、「肉」では無い美味しい物を食べたいなぁと思う事が多くなり、
「焼魚食堂 魚角」に寄り始めていたので・・・
給料日の今日、思いきって、行ってみました


どれもこれも、食べたくなるものばかりです。
でも・・・
アレもコレもと手当たり次第に注文をすると、我が家の家計は回らなくなるので、
暫く、涎を垂らしながら(?)メニューを眺めていました。
お茶とお水のどちらが良いか聞いてくれてから持って来てくれたので、嬉しいです。
私は、暖かいお茶派なので

ただ・・・
器の大きさの違いに・・・少々驚き


グラスが大きすぎません???

ところで・・・
Ma姫は、赤ちゃんの頃から「眠り姫」なのですが・・・

マジ寝しています・・・

どのみち、Ma姫一人で何かを一人前頼んでも、食べられないので、
夫と私とTsu丸が注文したものを、目覚めた時に分け与える事にして、
Ma姫をホットイテ注文をしたのでしたぁ


撮っていく予定でスタンバっていたのに・・・取り分けてからの写真になってしまいました。
「しらすサラダ」です。
カリカリのしらすと、茹でしらすがたっぷりと野菜に載っていました

輪切りの薄いトマトが皿の下に敷いてあって、その上にサラダが載っています。サラダの中に小さめのオクラが入っているのが新鮮でした


名目上、夫で注文した「しらすの掻揚丼」大きなしらすの掻揚が2枚。その他、茄子とか他の天婦羅も載っていました。

名目上、Tsu丸がバラで注文した、「ライス」と「金目の煮付け」
Tsu丸、好きなんですよねぇ、煮付け・・・私、作らないのにぃ・・・

煮付けに付いていた大根がMa姫に大ヒットでした


名目上、私が注文した「朝獲り生しらす丼」
「今日、少し入荷しました」という文字を見て、コレは食べておかなければねっていう感じで注文しました。ネットリ感が初感触でした

写真ではうまく撮れていませんが、温泉卵が付いていて、生しらすと一緒にいただきました

「名目上」というのは・・・
だってぇ~・・・どれもこれも味見したいじゃないですかぁ

この他に、イカの姿焼と、Ma姫用にお握りを頼んで、みんなで分けながら食べました

夫と「ココ、有りだねぇ~」と話しながら、帰路につきました

ところで・・・
眠り姫のMa姫は・・・
掻揚と掻揚のたれのついたご飯を少々、
Tsu丸が残した分の金目の煮付けとそのタレがかかったご飯をしっかりと食べていました。
そのMa姫の残りが・・・夫へ・・・

水族館の「おひとり様(=子供が居ないという事)」水族館・・・
GW明けにでも行こうっと
GW明けにでも行こうっと

山梨には、お気に入りの場所があるので、1年に1度は行きたいなぁなんて言って・・・
行っていた時もあったけれど、
子供も大きくなり、夫の体調などの関係から、
ここ数年、行っていないあなぁ・・・。
行ってみたいなぁ・・・。近々行けるかなぁ・・・。
行っていた時もあったけれど、
子供も大きくなり、夫の体調などの関係から、
ここ数年、行っていないあなぁ・・・。
行ってみたいなぁ・・・。近々行けるかなぁ・・・。
「国連記念日」
1945年のこの日、第二次世界大戦の勝利目前に連合国50カ国がサンフランシスコに集まり、国際連合憲章が採択された。
「歩道橋の日」
1963年のこの日、大阪駅前に大型の横断歩道橋が設置された(松下電器が建設し、大阪市に寄贈)。なお、日本最初の歩道橋は愛知県の西枇杷島歩道橋で、1959年につくられたもの。
「拾得物の日」
1980年に東京・銀座で自動車運転手大貫久男さんが現金1億円を拾った日。結局落とし主は現れず、1億円は全額大貫さんの手に。
1945年のこの日、第二次世界大戦の勝利目前に連合国50カ国がサンフランシスコに集まり、国際連合憲章が採択された。
「歩道橋の日」
1963年のこの日、大阪駅前に大型の横断歩道橋が設置された(松下電器が建設し、大阪市に寄贈)。なお、日本最初の歩道橋は愛知県の西枇杷島歩道橋で、1959年につくられたもの。
「拾得物の日」
1980年に東京・銀座で自動車運転手大貫久男さんが現金1億円を拾った日。結局落とし主は現れず、1億円は全額大貫さんの手に。
「人」のちっぽけさを感じる瞬間って、ありませんか?
昨晩、鍾乳洞をテレビで見ました。
そういえば、鍾乳洞、寒いのが難点だけれど、好きなんだよなぁって思いながら、「久々ぁ」とテレビを見ていました
鍾乳石って、100年に1㌢伸びる…それなのに、あんなに大きく、あんなに長く太く…
いつ観ても、感心し、生で観た時は、「言葉」が無いですね
人はやはり「ちっぽけ」です。
高校の時、地学の先生の部屋へ行って、鉱物や地層の標本とかを見せてもらうのが好きだった事を、思い出しました
古代の地層から発見される化石…同じ「生物」の先輩達の姿・かけらから想像・妄想を膨らませてしまいます
今日、出会った石の長い時間の経過に思いを馳せたりしていると、不思議な感覚でボーッと癒されます。
そうこうしているうちに、その石と同じ時間を過ごしただろう生き物や空気や出来事をほんのチョッとだけ勝手にあてはめてみたりすると、
チョッとだけワクワクしてきます
そして、「空(宇宙)」を見上げれば…
人は、やっぱり、ちっぽけです
昨晩、鍾乳洞をテレビで見ました。
そういえば、鍾乳洞、寒いのが難点だけれど、好きなんだよなぁって思いながら、「久々ぁ」とテレビを見ていました

鍾乳石って、100年に1㌢伸びる…それなのに、あんなに大きく、あんなに長く太く…
いつ観ても、感心し、生で観た時は、「言葉」が無いですね

人はやはり「ちっぽけ」です。
高校の時、地学の先生の部屋へ行って、鉱物や地層の標本とかを見せてもらうのが好きだった事を、思い出しました

古代の地層から発見される化石…同じ「生物」の先輩達の姿・かけらから想像・妄想を膨らませてしまいます

今日、出会った石の長い時間の経過に思いを馳せたりしていると、不思議な感覚でボーッと癒されます。
そうこうしているうちに、その石と同じ時間を過ごしただろう生き物や空気や出来事をほんのチョッとだけ勝手にあてはめてみたりすると、
チョッとだけワクワクしてきます

そして、「空(宇宙)」を見上げれば…
人は、やっぱり、ちっぽけです

今日、「体験」を2つしてきました。
ロボット教室と理科実験教室の体験です。
子供達も親も、興味惹かれる内容でした。
「私」が入会したい気持ちになります
でも…それは無理…
じゃぁ、子供達
いえいえ、
水泳の月謝×2人分
ベネッセの「チャレンジ」×2人分
サッカー×1人分
アイススケート×2人分(10月~4月)
この上、
1万近い月謝×2人分は無理…
でもね…
良いこと聞いてきました。
エボルタくんを作った高橋智隆さんの子供時代は、
玩具を買ってもらえないなか、LEGOは買ってもらっていたそうです。
そのLEGOで遊んだ時に得た感覚が今に生きているそうです。
教室に通えなくても、
ブックオフで中古LEGOなら買ってあげられる
爺婆ちゃんちに行って自然に触れる時間を持つ事も出来る
体を動かして、怪我して、感じて…何度もチャレンジして体で覚える事は、我が子達は嫌がらない方
講師の方が、話して下さった内容は、
恐らく講師本人も、「教室の説明と勧誘」なのでしょう。
でも、その話しを俯瞰して見ると、
自分達で体験して考え見出だしたものが、自分の身になるという事。
その体験の仕方は、各個人様々だろう…似た体験や課題を違う角度からのアプローチで、1つでも多く取り組ませてあげる努力をする事が、私達がすべき事なのだなぁと…都合良く解釈しました

ロボット教室と理科実験教室の体験です。
子供達も親も、興味惹かれる内容でした。
「私」が入会したい気持ちになります

でも…それは無理…
じゃぁ、子供達

いえいえ、
水泳の月謝×2人分
ベネッセの「チャレンジ」×2人分
サッカー×1人分
アイススケート×2人分(10月~4月)
この上、
1万近い月謝×2人分は無理…

でもね…
良いこと聞いてきました。
エボルタくんを作った高橋智隆さんの子供時代は、
玩具を買ってもらえないなか、LEGOは買ってもらっていたそうです。
そのLEGOで遊んだ時に得た感覚が今に生きているそうです。
教室に通えなくても、
ブックオフで中古LEGOなら買ってあげられる

爺婆ちゃんちに行って自然に触れる時間を持つ事も出来る

体を動かして、怪我して、感じて…何度もチャレンジして体で覚える事は、我が子達は嫌がらない方

講師の方が、話して下さった内容は、
恐らく講師本人も、「教室の説明と勧誘」なのでしょう。
でも、その話しを俯瞰して見ると、
自分達で体験して考え見出だしたものが、自分の身になるという事。
その体験の仕方は、各個人様々だろう…似た体験や課題を違う角度からのアプローチで、1つでも多く取り組ませてあげる努力をする事が、私達がすべき事なのだなぁと…都合良く解釈しました
