よしもとばななの「彼女について」という本を読んで。
あんまり好きなお話じゃなかったけど、
彼女の描く世界と、あの文章表現がいい感じで、なんともいえないふわふわした、それでいてせつない気持ちになる。
本を読むことは気分転換であり、集中力を注ぎ込むことに奮闘することであり、救いであり、哀しみである。
そんなことを、ずっとくりかえしてゆくのでしょう。
よしもとばななの「彼女について」という本を読んで。
あんまり好きなお話じゃなかったけど、
彼女の描く世界と、あの文章表現がいい感じで、なんともいえないふわふわした、それでいてせつない気持ちになる。
本を読むことは気分転換であり、集中力を注ぎ込むことに奮闘することであり、救いであり、哀しみである。
そんなことを、ずっとくりかえしてゆくのでしょう。
痛みは、誰とも分けあえない。
お腹が痛くても、
指を切っても。
でもお腹をさすってくれたり、ばんそうこうを貼ってくれたり、そんな心がきっと痛みをやわらげてくれて。
肉体と精神が結びついていることの実感。
心の痛みが分け合えなかったら、どうしたらいい?
ずーっと悶々と考えていたことがあるのですが、
わたしはそれに悩まされ続けたわけですが。
気付きたいような気づきたくないような、うれしいような悲しいような、せつないようなくすぐったいような。
前からずっと懸念していたこと。
「もしかしてあなた、私を忘れかけているの?」
でも、いま最大の懸念は、
「もしかしてあたし、あんたを忘れかけているの?」