今を遡ること約4か月
ひと月公演がお休みだったといえ
常に何かと忙しい幸四郎さんが
六月大歌舞伎/歌舞伎座で上演される
月光露針路日本 ~風雲児たち
その主人公・大黒屋光太夫の生まれ故郷
三重県伊勢若松に降り立ったのが2月21日
光太夫さんを少しでも知りたい、
と自ら希望し
菩提寺や記念館を訪問されました
その時の様子は歌舞伎美人や
ネットニュース等で報道され
いまだ記憶にある方も
それから2か月強、奇しくも
月光露針路日本のお稽古が
本格始動した令和元年5月2日
前日とはうって変わって
突き抜けるような青空の下
光太夫さんの故郷へ
もともと舞台の原作読みや
その地を訪ねるのは趣味の域なので
幸四郎さんが訪問された時点で
今年のGW予定は決まったようなもの(笑)
名古屋からも京都からも近鉄でGo
京都駅美術館の
KABUKI 藤十郎と仁左衛門 篠山紀信 写真展 もね
にざさんが特大で迫ってきました(笑)
かっ、カッコいいぃ
近鉄伊勢若松から白子へ抜けるという
健脚向け?な距離でしたけど
(←自分で計画したくせに(笑))
お天気も味方してくれたし
お話を伺えた地元の方々も
とても親切で気さく
光太夫さんの人となりを見るようです

歌舞伎になるので光太夫さんに興味を持ち訪れました
と話すと(聞いてないのに)出てくる出てくる(笑)
宮司(ぐうじ)さんから記念館、
お土産物屋のお姉さんまで
幸四郎さんの当日のあんなこと、こんなこと

せっかく遠くから来て下さったと
事前アポなしでは公開してない
エカテリーナ二世から賜った銀貨や書(緑芳寺)
海の神様ということで
当時奉納された絵馬の数々(江島若宮八幡神社)等を
見せて頂けるという涙もの対応
勿論、幸四郎さんはご覧になったそうです
本当にありがとうございました
とってもびっくり、でもうれしかったです
こんなところにも地元の皆様の
地元愛(地元の偉人です)、
月光露針路日本への期待もうかがえます
観劇ツアーが組まれてるとおっしゃってたな
どうだったかしらね
他にも磯吉の菩提寺 心海寺
小市の菩提寺 宝祥寺
大黒屋光太夫顕彰碑
大黒屋光太夫供養碑
にも寄せて頂きました



何より 最終目的地と定めた
大黒屋光太夫一行の出帆の地
伊勢湾を一望できる白子港の景色は
水平線の彼方に想いを馳せ
これからの航海に
期待を膨らませるに十分なもので
青い空、碧い海、を絵に描いたよう
メチャクチャ綺麗で心が洗われます
そしてそれは光太夫たちが
ロシアから強く望郷の念を抱いた
故郷だということを想いながら
光太夫さんたちは
あんなことになってしまいましたけど(汗)
←実際、荒れたのは遠州灘沖
ここには例のモニュメントも
幸四郎さんが紋付き袴で海を背景に
力強くドンと地に足を付け佇んでいた
あそこです
令和元年、歌舞伎座六月大歌舞伎
月光露針路日本~風雲児たち
も残すところ2回になりました
こんなことを思い出しながら観劇できること
感謝いたします
インスタにはもっと沢山のお写真UPしています
よかったら →コチラ から、どうぞ

ひと月公演がお休みだったといえ
常に何かと忙しい幸四郎さんが
六月大歌舞伎/歌舞伎座で上演される
月光露針路日本 ~風雲児たち
その主人公・大黒屋光太夫の生まれ故郷
三重県伊勢若松に降り立ったのが2月21日
光太夫さんを少しでも知りたい、
と自ら希望し
菩提寺や記念館を訪問されました
その時の様子は歌舞伎美人や
ネットニュース等で報道され
いまだ記憶にある方も
それから2か月強、奇しくも
月光露針路日本のお稽古が
本格始動した令和元年5月2日
前日とはうって変わって
突き抜けるような青空の下
光太夫さんの故郷へ
もともと舞台の原作読みや
その地を訪ねるのは趣味の域なので
幸四郎さんが訪問された時点で
今年のGW予定は決まったようなもの(笑)
名古屋からも京都からも近鉄でGo
京都駅美術館の
KABUKI 藤十郎と仁左衛門 篠山紀信 写真展 もね
にざさんが特大で迫ってきました(笑)
かっ、カッコいいぃ
近鉄伊勢若松から白子へ抜けるという
健脚向け?な距離でしたけど
(←自分で計画したくせに(笑))
お天気も味方してくれたし
お話を伺えた地元の方々も
とても親切で気さく
光太夫さんの人となりを見るようです

歌舞伎になるので光太夫さんに興味を持ち訪れました
と話すと(聞いてないのに)出てくる出てくる(笑)
宮司(ぐうじ)さんから記念館、
お土産物屋のお姉さんまで
幸四郎さんの当日のあんなこと、こんなこと

せっかく遠くから来て下さったと
事前アポなしでは公開してない
エカテリーナ二世から賜った銀貨や書(緑芳寺)
海の神様ということで
当時奉納された絵馬の数々(江島若宮八幡神社)等を
見せて頂けるという涙もの対応
勿論、幸四郎さんはご覧になったそうです
本当にありがとうございました
とってもびっくり、でもうれしかったです
こんなところにも地元の皆様の
地元愛(地元の偉人です)、
月光露針路日本への期待もうかがえます
観劇ツアーが組まれてるとおっしゃってたな
どうだったかしらね
他にも磯吉の菩提寺 心海寺
小市の菩提寺 宝祥寺
大黒屋光太夫顕彰碑
大黒屋光太夫供養碑
にも寄せて頂きました



何より 最終目的地と定めた
大黒屋光太夫一行の出帆の地
伊勢湾を一望できる白子港の景色は
水平線の彼方に想いを馳せ
これからの航海に
期待を膨らませるに十分なもので
青い空、碧い海、を絵に描いたよう
メチャクチャ綺麗で心が洗われます
そしてそれは光太夫たちが
ロシアから強く望郷の念を抱いた
故郷だということを想いながら
光太夫さんたちは
あんなことになってしまいましたけど(汗)
←実際、荒れたのは遠州灘沖
ここには例のモニュメントも
幸四郎さんが紋付き袴で海を背景に
力強くドンと地に足を付け佇んでいた
あそこです
令和元年、歌舞伎座六月大歌舞伎
月光露針路日本~風雲児たち
も残すところ2回になりました
こんなことを思い出しながら観劇できること
感謝いたします
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