「死にたくないな。
書店で会いたい。
本屋でセットで買ってくれ」
この文章で何を感じる?
当時俺のひとつ上で今では2つ年下になってしまった
作家さんの最後のブログの文章なんだけどね
俺は親近感を持って接してたけど
作家さんと一読者の関係なんで彼は俺のことなんか知らん
けど彼は俺を忘れないで欲しい・・・そんな無謀ななメッセージを残して
浮世から旅たった・・・・
今日なんとなくPCの色んなファイルを整理してたんだ
UnderworldのBorn Slippy
いわずと知れた、俺と同年代の音楽好きなら誰でも知ってる名曲
奥山さんはCDが擦り切れるほど聞いたらしい
俺も大好きな曲で彼の追悼番組のテーマにも使われててね
ふと彼を思い出した
俺ねいま本気で死にたいと思ってるのよ
酒なんか呑んだ時は特にね
そんな心の油断に彼がUnderworldのBorn Slippy
にのって現れては笑ってるような気がする
「本気で生きた事も無い人間には死ぬことすら出来んよ・・・」
奥山さんをはじめて知ったのは数年前、深夜に放送されていた
ジェネジャンだったかな?要は真剣10代しゃべり場の民放バージョンみたいな番組
酒呑んで帰ってきてテレビつけたらねいじめとか自殺とか
まあ当時の俺にとってみればどうでもいい不毛な論争をしてたのよ
その時なんか一人の男が喋りだしてね
「俺自殺なんかしなくてくてももうすぐ死んじゃうんだよ」
ん?だれこいつ?
別にこれから死ぬ男なんて珍しくもないし
だからなんだよと思ったんだけどね
やっぱ言葉って文脈の素晴らしさとかいかに理路整然としゃべるかとか
そんな事じゃなくてねまっすぐな言葉は真っすぐに響くんだよね
俺はか彼の言葉に聞き入っていた
その後彼がライターであることそして彼のブログや日記なんかを見たら
同年代で結構同じ趣味があることを知った
タイムリミットは日々迫りつつあるんだけど
彼の文章には悲壮感も無くかといって前向きに読者にメッセージを発するとか
(いわゆる命を大切にとかありがちな闘病記のグロイかんじ)
そういう安っぽいオチャラケもないんだよ
それが妙に心地よくてねすぐにファンになった
一読者としてその運命のひはいつなのかそんな厭らしい好機の目ももちろん
俺の中にあった、別に友達でも家族でもないし
たまたま好きになった作家が死んだって俺は知ったことじゃないしね
ただファンとしてブログとか本とかもっとたくさん
いつまでも読んでいたいなと思った
好きなライターさんは何人かいるけど俺が知る限り
彼は俺にとって最高のライターだったなんかロックな奴なんだよ
そんな出会いから一年もあったかな?ふと彼のブログを除いたら冒頭の文面だ
彼のブログとか見たら解ると思うけどこんなこと書く人じゃないんだよ
彼の言葉を借りれば
死ぬのが怖いとかそんな葛藤は本人だけの楽しみであって
そんな事を文章にするつもりはなかったらしい
やっぱロックじゃんやせ我慢と言われればそれまでだけど
これって究極のやせ我慢じゃないかな?
そんな男なんだよ
そして彼は逝った・・・・・・・・・・・・・・・・
PCのモニターの前で号泣する俺がいた
あんときの喪失感とか悲しみとか今でも良くわからんね
先にも書いたけど作家さんとライターと言うきわめて希薄な間柄な訳だしね
今彼の死に関して思う事
彼は2冊のブログ本と一冊の小説を残した
そしてネット上では今でもブログも読める
これは作家冥利というか、彼がこの世に生きた証なんだろう
けどそれよりももっと重要なのは今後彼の新作は世に出ることは無い・・・・
死ぬってことはそういうこなとんだよ
死んだら星にもならんし天国も地獄もない
死んだらそれまでゲームオーバー・・・・・
そうやって考えるとね俺のような安っぽい命でも愛しく思える
それだけを彼は教えてくれたような気がする
だから頑張って生きて生きたいと思う今日この頃の巻きだね
自殺とかしたい奴はすればいいけどそれで全てが解決するとか思うなよ
2008年11月23日