マリアナ沖海戦については海軍の戦史叢書も読み終えて、手持ちの資料はあと一つ。これを何回かに分けて記事にしてから、マリアナ諸島の陸戦に戻る。前にも一部引用した「完本・太平洋戦争(上)」にある千早正隆著「戦果ゼロ・マリアナ沖海戦」

 

千早元海軍中佐は戦後GHQに勤務しており、日米の戦史に明るい。彼の証言はキスカ撤退作戦と、海軍乙事件の暗号資料に関連して参照した。キスカは千早が働かなかったら、あのような詳しい記録は残らなかったかもしれない。

 

 

この論考はB5判の単行本で20頁もある。論点が多く、また類書とは異なる指摘も少なくないので引用が多くなる。最初の見出しは「たった一度の邀撃作戦」。冒頭の段落を転記する。なお、同海戦当時、著者は第四南遣艦隊(濠北)におり、渾作戦以外に直接の関係はないはずだ。

 

マリアナ沖海戦。といっても、ピンとこない読者があるかもしれない。それほどこの海戦はあっけなく ――もちろん日本の惨敗に―― 終わった。そして、その結果として起こったサイパンの陥落、ついでそこを基地とするB二十九の爆撃という切実感の強いことのかげにかくされてしまって、人びとの印象もうすいように見える。

 

 

この小論文は私が生まれる前年、文藝春秋誌に発表されたものなので、「読者」は先の戦争を知っている世代だ。サイパンは三十年以上も前から日本の領土だった。海上交通や遠洋漁業の要所でもあった。民間の日本人が万人単位で暮らしている。

 

そして本土空襲、原子爆弾。サイパンが陥落し、この戦争は終わりだと思ったと書いている元軍人も多い。うちの実家も戦死者を出し、空襲で焼け出され、散々な目に遭っている。その家に生まれた私だが、十年前はこの海戦を知らなかった。

 

 

陰に隠れて余り知られていないマリアナ沖海戦を、その戦場にはいなかった彼が詳しく描いているわけは、見出しの「たった一度」の説明文に詳しい。要略すると、まず日露戦争以後、アメリカは日本海軍の仮想敵国になった。

 

多年にわたり軍備を整え演練を重ねて、「こうすれば勝てるという情況で戦われた、ただ一つの戦いであった」。根本戦略は、決戦海面に米軍を引込み、連合艦隊の全力を挙げて雌雄を一気に決する。「名付けて邀撃作戦」といった。「邀」は出迎える、招くの意。

 

 

著者に言わせると、真珠湾攻撃も、南方の資源地帯を攻略したのも、「この戦略を実現するための手段にすぎなかった」。迎え撃つための挑発であったり、先制攻撃による敵兵力の減殺であり、燃材料の調達であったりということだろう。

 

しかし横綱相撲には程遠く、相手はしぶとく手強く、時すでに日本軍は「追いつめられた情況から立ち上がらないとならなかった」という点が計算違いだった。それでも海軍はマリアナ沖に空前絶後の兵力を集中した。真珠湾よりもミッドウェーよりも南太平洋海戦よりも。

 

 

最新鋭空母の大鳳を含む空母九隻、大和、武蔵を含む戦艦五隻、重巡十隻、軽巡三隻及び駆逐艦二十九隻に達し、その空母搭載機は総計四百五十機、その艦載水上機は四十三機であった。

 

 

 

潜水艦部隊は、その司令長官の意見具申にも拘わらず、邀撃部隊にも決戦海面にも入れてもらえなかった。また、上位引用の続きの箇所が、本論文の大事な論点の一つで、「なおこのほかに、第一航空艦隊の精鋭の基地航空部隊約六百機が協力することになっていた」。

 

一航艦(角田部隊)は、まず決戦場のマリアナを拠点とする地の利がある。それに艦載機だけで比較すると米軍のほうがずっと多いが、この基地航空機を加えると遜色ない航空兵力となる。「最悪でも五分と五分の戦い」を期待し得た。

 

 

次項のマリアナの防備については、次回の記事で参照する。今回は最後に、マリアナ沖海戦とサイパンの陥落について、辻田真佐憲著「大本営発表」とNHKサイトを参照する。この書物の副題は「改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争」。適宜句読点を入れる。

 

【大本営発表】(六月二十三日十五時三十分)

わが連合艦隊の一部は、六月十九日「マリアナ」諸島西方海面に於て、三群よりなる敵機動部隊を捕捉、先制攻撃を行ひ、爾後戦闘は翌二十日に及び、其の間、敵航空母艦五隻、戦艦一隻以上を撃沈破、敵機百機以上を撃墜せるも、決定的打撃を与するに至らず。我方、航空母艦一隻、附属油槽船二隻及び飛行機五十機を失へり。

 

 

著者も指摘しているが、「撃沈破」とは何事であろうか。小破も含めたいのか。搭乗員の報告そのままを発表したのか、成果はいつもどおり華々しい。空母と飛行機の損害に至っては、改竄などという厳とした漢語を使う気にもなれない。艦載機で使用可能な状態で残ったのが五十余機。一航艦はほぼ全滅の状態になった。

 

もう一つ。次のNHKの記録は、前段が大本営発表、後段が日本の報道機関が作ったニュース映像。文字起こしを最後まで読むと、すでに本土が敵空襲の危機にさらされていると先生が子供に教えている。マリアナの戦いは「国土戦場」になった。

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

ユリカモメは渡りの季節になると夏羽で顔と頭が黒くなります。

(2024年4月22日撮影)

 

 

 

 

 

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