前回は日付を書き忘れたが、この花蓮に泊まった台湾旅行の初日は、2007年2月27日(火)と備忘録メモにある。このメモによると市内観光のあと、われら一行はそろそろ暗くなりかけた市内のステージでダンスを観た。
今回改めてメモを見て驚いたことに、「少数民族のアミ族によるダンスを観る」と書いてある。アミ(またはアミス)族は、前回のアジ歴資料にも出てくる高砂族の代表的な民族の一つ。後の回にも触れる予定。もっとしっかり観てくればよかった。
覚えているのは華やかな衣装と、司会の日本語のイントネーションが珍妙だったことぐらいだ。そのあと宿泊先のホテルのレストランで夕食、広東料理を食べた。大根と鶏肉のスープが旨かった。ビールが薄味だったらしく、紹興酒を買って飲んでいる。
翌日は昼過ぎまで景勝地の観光で、午後に電車で花蓮から台北に移動する旅程。謝さんの車で半日の往復だから深山幽谷ではないのだろうが、目的地の「太魯閣」はけっこう内陸にある。大理石の渓谷で雄大な光景だった。
後の話になるが、旅から戻って今日までに確か二回、花蓮では大きな地震があり、特に2024年の「花蓮地震」は被害甚大。私たちがこの日に巡った地も、まだ復旧復興の事業が続いているとのことだ。東日本大震災のときの台湾の支援は忘れられない。
それはそうと、せっかく名勝を訪れておきながら、私のメモにあるこの地の感想は一行のみで、「現地の少数山岳民族、タイユン族の女たちが、ちょっと信じられないほど美しかった」。この「女たち」とは昼食をとった店で働いていた母娘だったと思う。
太魯閣
問題はネット情報によると、タイユン族はタイ国北部と中心に居住している人たちだそうで、あの麺類が美味しいチェンマイあたりで会っているはずだがあまりに遠い。私の記憶違いか誤記によるものだろう。では本来は謝さんから何と聞いたのだろう。
前出のアミ族が花蓮に多い原住民だそうだが、音が似ているという点でいえば、高砂族でも人口が多いことで知られているタイヤル族かもしれない。また、「太魯閣」は「タロコ」と読み、これも高砂族の一族の名。これでは収拾がつかない。準備不足も甚だしい旅をすると、こういう目に遭う。
このあと午後になって花蓮駅から「自強号」という特急に乗って台北に移った。それ以降は前述の故宮博物院以外、あまり記憶にない。それでもかろうじて一つ覚えているのは漢方薬の店に入ったことぐらいか。
最初にマッサージをやってくれて、これが実に上手く、乗せられてお茶を買ってきた。なんでもマッサージをしてくれた店主らしき老人によると、私は「男の力が弱い」のだそうで、この茶を飲めば強くなるらしい。帰国後に飲んだが効果は不明で、そもそも男の力とは何なのだ。さて、もっとまじめな資料に戻ろう。
(おわり)
アミ族の踊り (2007年2月27日撮影)
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