クロッカス

 

 

本ブログは兵器について詳しく語らない。引用するときも丸写しにするだけの知識しかないのだから無理はしない。マリアナ沖に沈んだ航空母艦「大鳳」の構造や性能については他に詳しい書籍やサイトが多くあるので、本稿では最小限の記載に留める。

 

空母を横から撮影した写真をよく見るが、平たい。上部が滑走路だから当然なのだが、加えて甲板上に構造物が少ない。だが「大鳳」の写真は、私にも他の大半の空母と区別がつくだけの特徴がある。石油燃料で動く大型の船には付き物の煙突がある。真っすぐ高く立っている。

 

 

では通常の空母の煙突はどこにあるのかというと、解説などには舷側にあるとそっけなく書いてある。確かに航行中の空母の写真では、船の横っ腹らしきところから黒い煙が出ている。

 

一方で「大鳳」の煙突は、かつて何度も見た「三笠」や「氷川丸」の煙突と異なり、離着陸の障害にならないよう、船体の中央ではなく片側に寄せられている。重そうでバランスが悪くみえる。設計時に相当な苦労をしたのだろうなと門外漢ながら思う。

 

 

建造までの経緯や要目については、以後少しばかり触れる程度で、あとはいつもどおり番外編のような前置きと、戦闘経過に力点を置く。まずは命名から。空母の艦名は代々、鳳だ龍だ翔だ瑞だといった、目出度い漢字をよく使う。

 

ほかには律令制のころの地名である加賀や赤城のような、戦艦や巡洋艦と同様の発想から来たものあり。また、龍と鳳が架空の獣であるのに対し、実在の動物では鷹があり鶴があり、さすがに亀はない。龍も鳳も鷹も鶴も空を飛ぶ。空母にふさわしい。

 

 

カワセミを漢字で書くと、宝石のヒスイと同じく翡翠。

 

 

十円玉のレリーフでお馴染みの宇治平等院「鳳凰堂」は、天守閣ならば鯱がしゃちほこばって立っている位置に、鳳凰が対になって向かい合っている。鳳が雄で凰が雌と辞書にある。ご参考まで。

 

 

 

狩野派の絵など見ても、鳳凰のどちらが雄か雌か分からない。雌雄同体か。ともあれ日本海軍は雄の鳳を採用した。輸送船や漁船の名に多い末尾の「丸」も、牛若の昔から男の名を示すもので、西洋の言語では船が女性名詞であるのと対照的。

 

宇垣纒「戦藻録」の中で、宇垣中将は乗船を「彼女」と書いているが、これは例外的のようで、全体に帝国陸海軍は果てしなく男の世界。なぜか西洋の神話では戦の神が女神だったりするが、旧帝国時代は現人神も軍神も男ばかり。

 

 

こういう与太話だけでは体裁が悪いので、本格的な古書を入手した。福井静夫著作集第七巻「日本空母物語」(光人社)。背伸びしてまで同書を選んだ理由は、一つには「物語」が好きであるのと、もう一つは著者の名を昔から知っていたこと。

 

何年か前、乃木神社に行ったところ、社務所の売り場に新書が平積みで特売されており、帯には「『坂の上の雲』は嘘ばっかり」と大書してあった。司馬がいうところの「乃木信者」の言だろう。

 

 

この帯の啖呵は、おそらく著者ではなく出版社の手によるものと想像するが、司馬遼太郎やその代表作の名を引き、なおかつ貶しめてまで売文に走るとは、かつて「人の褌で相撲をとる」といわれた侮蔑の対象になる行為である。

 

その「嘘ばっかり」の作品のあとがきに、福井静夫の名が出て来る。以下は第1106回でも書いているのだが再掲する。司馬遼太郎は陸軍に身を置いていたし、彼にとっては運よく戦争が早めに終わったため、海軍関連の知識に疎い。このままでは臨場感のある日本海海戦が書けない。

 

 

「もっと困ったのはネーヴィの気分というものであった」という点が、いかにも小説家らしい。これを肌で知るため、その父親が日露戦争に関与し、本人も海軍に詳しい人の知遇を得た。山屋太郎氏という元海軍大佐で、父親は日露戦争時の第三戦隊旗艦「笠置」艦長の山屋他人大佐(当時)。

 

この山屋氏から紹介された教師役の一人が、「軍艦の機械的なことは、こんにち世界の海軍研究の第一人者である元技術少佐福井静夫氏」だった。福井氏は吉村昭「戦艦武蔵」にも出て来る。

 

 

本書は「著作集」とあるとおり、福井氏の書下ろしではなく、その数多い著作をテーマごとにまとめた全集のうちの一巻。巻頭の写真集に、タウイタウイに停泊待機中の「大鳳」の写真もある。昭和十九年五月撮影。

 

恥ずかしながら私が一見しただけでは、左右のどちらが艦首なのか分からない。著者によるとわずかな例外を除き、艦橋などの突起物(アイランド)は右舷側にあるとのこと。そこまで言われてようやく、どちら側が水切りになっているのか気づく。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

黄色い模様が特徴のカワラヒワ  (2024年2月19日撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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