新聞記者の心得として、記事には最低限の形容詞しか使わない、という話を耳にしたことがある。文化やスポーツの欄ならそこまで厳しくないだろうが、形容詞を乱発すると文学のようになるので、政治経済や国際の記事おいては注意が必要なのだろう。

 

御田重宝(ちょうほうさんだと思っていたら、しげたかと読むらしい)は、作家になる前、中日新聞の記者だった。彼のドキュメンタリー作品「人間の記録 ガダルカナル戦」はかつて何度か参照しており、そのほかにも二冊持っている。

 

 

彼の筆致は冷静、客観的であり、今回の参考文献である御田重宝著「特攻」から一例を挙げる。前出の島尾敏雄が加計呂麻島で隊長になった特攻兵器「震洋」は、本書にも登場しており、これを採用した当時の参謀本部第二部(二部の担当は「兵器の開発運用」)の部長は黒島亀人大佐だった。拙ブログでは、黒亀と称している。

 

黒亀は海軍甲事件の際に生き残ったが更迭され、同年(1943年)7月に上記の第二部長になっている。「震洋」ほか多くの特攻兵器の開発運用に関わった。その彼について、御田はこういうふうに書いている。冒頭の「そのすべて」とは、特攻関連全体のこと。

 

 

そのすべての始まりは黒島大佐といってよい。断っておくが、黒島大佐が悪の根源だという意味ではない。特攻を必要とした時に黒島大佐を持ってきたまでで(中略)、軍人である限り特攻とは無縁ではあり得なかった時代である。

 

とはいえ引用箇所の直後、黒亀が余りに各種の特攻兵器に手を出したため、「だぼはぜ」と呼ばれていたというエピソードを紹介している。冷静であるということは、無関心とか薄情とかいうのとは違う。形容詞も使えない世界に飽き足らず、ヘミングウェイも御田重宝も司馬遼太郎も、記者から作家に転じたのだろう。

 

 

 

代々木公園のモズとヤマガラ

 

 

かたや参謀本部の第一部は「作戦・戦争指導」の担当部署。この時期の部長は前年に作戦課長から昇格した真田穣一郎少将。彼の日記「眞田日誌」は、陸海の戦史叢書にしばしば引用されている。これまで陸軍の戦史叢書(6)を読んできたが、今回から海軍の戦史叢書(12)「マリアナ沖海戦」に移行する。

 

サイパンほかマリアナ諸島の主要基地に、米軍の爆撃が始まった昭和十九年(1944年)6月11日の時点では、先回、陸軍の戦史叢書より、大本営陸軍部が同年2月と同様に空襲のみなのか、それとも上陸作戦の始まりなのか判断せずにいたと要約した。

 

 

陸軍の史料にはないが、海軍の戦史叢書(12)には、この6月11日付の「眞田日誌」からの転載がある。原文はカタカナ。ひながなに換え、適宜、句読点を入れる。

 

大体はメジュロの大部隊が、全部来たとは思わない。「マリアナ」我が航空部隊は、相当在る。詳細は明日。船「サイパン」九隻、「グアム」四隻あり西に逃。空母六、特空母八にて、一〇〇〇。二分の一残りても、五〇〇。二日以上は暴れない。上陸部隊は伴いあらず。

 

 

筆者注として、上記の「一〇〇〇」「五〇〇」という数字は「空母搭載機の推定である」。この情報は、もちろん海軍から陸軍に来ており、戦史叢書もこれは陸軍部だけの観測ではなく、大本営全体が「この空襲を単なる機動空襲であり二日ぐらいの空襲で終わり、且つ攻略企図はないものと判断していたようである」としている。

 

この点に関連し、「聯合艦隊司令部における敵情判断」という名の史料から、やはり軍令部も当初の判断が「上陸部隊は伴い非ず」であったことが分かる。以下、掲載されている全文を引用する。

 

 

十一日サイパン、テニアン、グアム各島に対して敵機動部隊の空襲が開始されたので、連合艦隊司令部においては、直ちに「あ」号作戦を発動しようとしたが、大本営はこれに同意せず、その同意を得るのに三日を要し、十三日「あ」号作戦決戦用意を発令した。

 

 

この続きは次回以降とし、最後に今回、御田重宝著「特攻」を持ち出した経緯を記録しておこう。本ブログを始めたころ特別攻撃の話題は、「伯父の戦争」よりずっと先の話であると思っていたし、関係があるかどうかも考えたことすらなかった。御田書を一昨年すでに買い求めていたのは、以下が原因となっている。


その後、各種の資料を読んでいると、当時の軍人の「サイパンが落ちて、大変なことになったと思った」というような回想や、「マリアナ沖海戦とマリアナ諸島の陥落の衝撃と実損は大きく、これが直接、特別攻撃作戦の立案および特攻兵器の開発を促進する契機となった」というような説も目にした。私も避けて通れなくなった。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

水中に餌を求めるコサギ   (2024年1月3日撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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