コサギ二羽 不忍池

 

 

中学か高校の歴史の授業で、ワシントンとロンドンの軍縮会議のことを教わったのを今も覚えています。軍縮会議なのに陸軍は登場せず、なぜか海軍の船だけ話題になっています。島国日本の陸軍は容易に欧米に渡れませんから、英米にとっての脅威は日本海軍の力量です。

 

ワシントン軍縮会議(1921年~22年)の日本側の全権は、当時海軍大臣だった加藤友三郎。のちに総理大臣にもなった軍政の人です。とはいえ、実戦経験で名高いのは日本海海戦のときの連合艦隊参謀長です。

 

 

私の手元に「名将回顧 日露大戦秘史 海戦篇」(朝日新聞社編)という、古色蒼然たる本があります。昭和十年発行、定価二十五銭。横書きが右から左になっている。中身は前半が同海戦の概略、後半が対馬沖に浮かんだ海軍軍人たちの座談会。

 

座談会の当時、すでに東郷平八郎司令長官と加藤友三郎参謀長は他界しています。一方、あのとき東郷さんとともに旗艦「三笠」の艦橋に居た人が三名、出席しています。その中の一人、砲術長の安保清種少佐(当時)が、東郷ターンのときの様子を語っている。

 

 

距離八千を告げても東郷長官は動かない。安保さんは右舷左舷のいずれかで砲撃するのか気が気ではなく、「どちらの側で戦いをなさるのですか」と訊いた。東郷長官の「右手はサクと左方に半円を描かれ、加藤参謀長と互いに顔を見合わて、何事か頷かれたかと見えた」。

 

そのほうが絵になるからか、映画やドラマや小説では、司令長官の右手が高く挙がり大きく左に振った、というラジオ体操のような合図をするのだが、そんな大げさな動作ではなかったようにも読める。加藤参謀長とだけは事前に打合せ済みであり、最終確認をしている様子です。

 

 

この敵前回頭は、「三笠」艦長の伊地知彦次郎少佐も知らされていなかったらしい。安保さんの話の続きでは、参謀長に「艦長、取舵一杯に」と言われた伊地知艦長は「えっ、取舵になさるのですか」と反問し、加藤さんは「左様、取舵だ」と念を押した。

 

戦艦「三笠」は長官東郷や参謀長加藤が何と言おうと、艦長伊地知の命令無くして、部下は新たな行動には出ない。NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」では、ダンカンが艦長を演じており、「オスラビア」の轟沈興奮と緊張が走る艦橋にあって、一人悄然としている。「俺の船が沈む」ことの衝撃は、艦長ならば敵味方もないのだろう。

 

 

ホシハジロ 舎人公園

 

 

前置きが長くなりましたが、このワシントン軍縮会議に参加した随員の一人に、山梨勝之進という海軍軍人がいます。彼の戦後回想が、海軍の戦史叢書(38)に長く引用されています。これなど読むと、ワシントン軍縮条約は、主力艦の保有比率だけを定めただけではない。

 

すなわち、日本側が提案した「軍備制限」が、付帯事項としてほぼ原案どおりに締結されました。ここでの軍備とは船艇以外、基地の軍事施設などを指す。付帯決議は、各国とも軍備を現状維持とすることで合意しています。山梨も海軍大将の回想より。

 

 

たとえ艦艇の制限はできても、米国が金にまかせてフィリピンやグアムに難攻不落の前進根拠地でも作れば、日本艦艇の比率協定は意味をなさなくなる。米国が太平洋五千浬を遠航して進攻する。日本は南洋群島を利用して潜水艦をもって敵を漸減し...(後略)。

 

前哨戦で相手の戦力を削ぎ、最後に全力で「邀撃決戦」を行う方針です。戦史叢書によると、明治時代には前哨戦が小笠原諸島、決戦線が南西諸島(鹿児島から沖縄に連なる島々)と想定されており、本土近海です。バルチック艦隊とは前哨戦なしの近海決戦でした。

 

 

これが大正時代になると、小笠原で決戦、前哨は南東群島の一部。昭和期にはいると、前哨戦はマリアナ、西カロリン(パラオなど)、決戦線はマーシャル、東カロリン(トラックなど)になった。戦史叢書は、「科学技術の進展および戦備の実情に沿って」変遷したと解説しています。

 

私に言わせれば、南洋群島を統治し始めてから、気が大きくなった。加えて、日本海海戦のように敵を領海に引き付けて撃滅せんすると、足が速くなった船艇や航空機が、こちらの邀撃をすり抜けて本土に悪さをしかねない。段々と本土から離れていきます。

 

 

十数年後、ワシントン軍縮条約は、次のロンドン軍縮会議において、修正が試みられたものの決裂した。日本はワシントン軍縮条約からも、国際連盟からも脱退します。では、WHOがアメリカが抜けたあとも存続しているように、日本抜きでも軍縮条約を守ったか。

 

結果はご存知のとおりで、日本も各国も軍拡に走ります。煎じ詰めれば、ワシントン軍縮条約は高邁なる世界平和のための約束事ではなく、日本海軍の軍事力強化を封じ込めるのが主目的であり、その日本が抜けた以上は、いずれ始まるであろう大戦争の準備を急ぐだけだ。

 

 

(おわり)

 

 

 

 

カモメ   (2022年1月20日撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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