白鳥、お食事中。草食です。

 

 

書籍を購入するにあたり、どれを選ぶか判断するときの材料の一つとして、私は誰が解説文を書いているのかに着目します。もっとも、古い本には余り解説はないし、単行本もないものが多い。よく見かけるものは、文庫化に際して解説が加わる。

 

ここ何回か、次回までの予定で読んでいる堀栄三著「大本営参謀の情報戦記」の解説は保阪正康。NHK取材班の「原爆投下」は佐藤優。これまで何回か出てきた旧軍の、「特殊」ではなく「特殊」情報というのは、佐藤優氏によると現代では「シギント」ともいう業界用語に含まれる。

 

 

シギントは諜報活動により得られたもので、例えば盗聴とかハッキングなど、相手がそうとは知らずぬうちに傍受する。通常の情報収集で得る「インフォメーション」と対比して、「インテリジェンス」と呼ぶ。機密です。これにアクセスする権限を持つ者は厳しく限定される。

 

堀栄三参謀は、原子爆弾なるものを知らなかった。ちなみに堀に会い、資料を見せてもらって、この本を書くよう勧めた保阪正康氏は、後に大本営で堀の上司だった杉田一次氏に会った際、「堀君の情報解析がもっと作戦面に生かされていたら、あのようなかたちの敗戦にはならなかったであろう」と何度か聞かされた。

 


杉田一次氏は、このブログに何度もお出まし願った。ガダルカナルの海岸道に危機が迫った昭和十七年(1942年)11月上旬、同地を守る仙台の歩兵第四連隊に派遣されていた杉田第十七軍参謀は、軍司令部を訪れ、最後の突撃をすると申し出た。

 

最初に辻参謀が、続いて宮崎参謀長がこれに反対し、杉田参謀は戦場に戻る。宮崎周一参謀長の日誌によると、杉田は病気が悪く顔面蒼白で、携行食を渡して見送ったが、杖を突きながら去った。彼は生還し第八方面軍参謀に異動したが、歩四の中熊連隊長は戦死した。

 

 

1945年9月、戦艦「ミズーリ」における降伏文書調印式にて(Wikipedia, public domain)。

前列の向かって右端が宮崎周一、後列右端が杉田一次の両氏。

 

 

佐藤さんは今も昔も日本政府は、現場の情報をうまく使えないと書いている。また、陸海軍が同様の諜報施設を持っていたことについては、いつも陸海はこの調子だと書く私と異なり、入手の相手も経路も処理方法も多様にある世界ではうまく機能することもある旨、記している。

 

NHKのDVDと文庫本は、広島への原爆投下のあと、陸軍上層が内々では原爆と知りながら、外務省ほかには、強いが普通の爆弾などと説明していたり、東京にいても原爆と分かる材料がそろっているのに、広島に調査団を出していることなどを、隠ぺいのようだと糾弾している。

 

 

そうしているうちに、長崎に二つ目の原爆が落ちたのだから、当然の追求です。もっとも、この件は長くなりそうなので、今般はこの程度とし、おそらく来年の8月に追加で取り上げます。まだまだ生きて本ブログを書いているはずだ。100年に一度のパンデミックで終わるなら。
 

以下は長崎に話を移します。佐藤氏の上記指摘の具体例は、ここに出てくる。今度は海軍も、テニアン島のコールサインをとらえた。このコールサインは、なめられたものだが、広島の時と全く同じ形式、手順で行われた。したがって、陸軍の特種情報部も勿論つかんだ。

 

 

ところが、NHK取材班が確認したところでは、堀栄三参謀のノートには、「八月九日も同時にキャッチしたが、処置なし。あとの祭りとなる」と書かれていたのみだった。取材班はこの一見、投げやりな言葉遣いに、彼の無念をみた。

 

通常、「処置なし」も、「あとの祭り」も、いまさら打つ手なしのお手上げ状態のとき使います。おそらく、堀参謀は広島のとき、どこかで機密情報が止まり、現場に伝わらなかったのと同じことが長崎でもあり、同じ理由で同じことが起きたと確信していたのだろう。

 

 

そっくり同じようなことが立て続けに起きるということは、通信機の故障みたいな偶発的な事故ではなく、端的にいえば「握りつぶされた」のだと想像する。残念ながら、この二冊を読んでも、それが何処で誰が行ったのかわからない。ただし、関係者の数十年後の怒りだけは伝わる。

 

では海軍の話題に触れます。現場はあの大和田通信隊。大和田の通信所では、広島の時も陸軍同様、V600番題の登場を把握していた。しかし、何らかのアクションを起こしたようなことは書かれていない。

 

 

「問題は長崎、数日後だった」と、証言者の大和田通信隊にいた太田新生氏(終戦時、海軍中尉)が、初めてカメラの前でその話をした。テニアンから同じコールサインと、意味不明の暗号が届いたのを太田さんが掴んだ。すでに広島の惨状も伝わっていた。

 

通信隊に衝撃が走った。同じことが別の場で起きる。そう判断して、太田さんは自身で「危険大」という電文を、海軍軍令部に打った。しかし、軍令部が陸軍にも伝えたのか、そのほかどういう対応をとったのかは分からなかった。今もわからない。

 

 

 

 

取材班はまず、防衛省研究所において、陸軍のこれに関する資料を見つけ出した。大本営陸軍部は長崎の襲撃も知っていたはずというのだ。取材班が手にしたのは、「備忘録 大本営参謀 井上忠男中佐」という冊子。

 

同中佐は「梅津美治郎参謀総長に情報を伝える秘書的な存在」だった由。その彼の備忘録に、前後の日付からして8月10日ごろの走り書きに、こう書いてあった。「特殊爆弾 V675」。「通信上事前ニ察知スル 長崎爆撃前 5時間前」。

 

 

V675は気象観測機のコールサイン。では時間を遡ります。長崎への原爆投下は、8月9日午前11時2分。広島より遅れた一番の要因は、周知のように当初目標の小倉の上空が曇天で爆撃ポイントが見えず、45分ほど旋回して諦め、攻撃目標を長崎に変更したためです。

 

もっとも、小倉に着いたのも10時ごろで、これは集合予定地だった硫黄島上空に台風があり、集合地を屋久島に変更したうえ、さらに、写真撮影機「ビッグ・スティング」の合流が遅れた。さらにさかのぼると、原爆を搭載した「ボックス・カー」がテニアンを出たのが午前2時50分ごろ。

 

 

そのまえに出発しているはずの気象観測機は、投下時刻より10時間ほど前にはテニアン島を離陸しているはずなので、5時間前に受信したコールサインは、私見ながら、その真ん中あたりの硫黄島上空ではなかろうか。それが6時ごろ、参謀本部に届いている。

 

日本軍にも5時間の持ち時間があった。その間、陸海軍の首脳は何をしていたのか。会議である。出典は宮中日誌とのことなので信憑性は高いと思うが、8月6日午前10時30分より、宮中にて「六巨頭」の最高戦争指導会議が行われていた。

 

 

顔ぶれは、内閣総理大臣・鈴木貫太郎、外務大臣・東郷茂徳、陸軍より陸軍大臣・阿南惟幾、参謀総長・梅津美治郎、海軍より海軍大臣・米内光政、軍令部総長・豊田副武。タイミングが悪かった。この9日早朝、ソ連軍が中立条約を一方的に破棄し、満州国境を越えた。

 

会議は対ソ戦の方針どころではなく、ポツダム宣言を受諾するか、するとしたら、どういう交渉をするかが主題となった。豊田総長の記録によると、みな衝撃でしばし無言。口火を切ったのは、やはりというか米内さんで、無条件降伏か、それとも条件を提示するか決めるべし。

 

このあたりの様子は映画「日本の一番長い日」にも出てきて、山村聰の米内が、三船敏郎の阿南にケンカを売っているような論争の場面です。

 

 

会議で最初に決定したのは、とにかく何より「国体護持」を受諾の第一条件とすることだった。国体護持とは、「天皇制の維持」とNHK取材の取材班は換言、附記している。国家に対し厳しい傾向にあるのは、この作品が原発事故の発生直後のものである影響がきっと強い。

 

この会議は、それ以外の条件や、アメリカが広島で使った特殊爆弾はまだまだ落ちるのかという議論や、来る裁判においては「戦犯者を日本の手で裁判するか」という点などに及んだため長引き、日付を越え、翌日に天皇の判断を仰ぐことになった。

 

 

この間、会議前の時間帯にはV675の情報を得ていたはずの井上参謀から、梅津参謀総長に警告が伝わっていたのか、いなかったのか、いずれも証拠がない。伝わっていないはずがないというのが取材班の見解だ。時間的余裕もまだあるし、事の重大性と緊急度に鑑みれば、そうなる。

 

長崎でも広島同様、警戒警報・空襲警報は早朝いったん出され、解除されたまま投下まで、警報はなされなかった(警戒警報は出ていたという個人の証言もある)。長崎市のウェブサイトより、被害等の説明文を引用します。

https://www.city.nagasaki.lg.jp/heiwa/3020000/3020300/p002387_d/fil/2.pdf

 

 

戦艦「武蔵」を建造した三菱重工長崎造船所は、爆心地から少し離れていたため、赤レンガの建物は残った。もっと近かった三菱兵器は、甚大な被害を受けた。広島と似て、空が真っ黒になったという回想もある。地表を上空に吹っ飛ばしたのだろう。雨が降ると、落ちて来る。

 

造船所も、ガラス窓などはめちゃめちゃで仕事にならず、翌日は休業して、集まってきた社員が後片付けなどを始めた。当時は誰も知らなかったであろう。この爆弾は、熱風と火炎だけの兵器ではなかった。プルトニウムの半減期は、2万4千年。では次回、海軍の続きです。

 

 

(つづき)

 

 

 

 

新潟県六日町の明け方  (2021年8月9日撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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