千葉県印西市 師戸城その1 再訪(2026年1月初旬)
師戸城(もろとじょう)は、千葉県印西市にある、印旛沼に突き出した台地上に築かれた中世城郭です。現在は「印旛沼公園」として整備されていますが、土塁や空堀の残り具合が非常に良く、戦国時代の面影を強く残しています。
アクセス図
江戸時代の記録『臼井家由来抜書』によれば、鎌倉時代の14世紀頃、下総国の名門・千葉氏の一族である臼井氏の支城として、臼井氏四天王の一人、師戸四郎により、築かれたと伝えられています。
後に臼井城主となった原氏(千葉氏の有力家臣)の支配下に入り、改修が重ねられました。
印旛沼に突き出した比高約15mの台地先端に築かれ、主郭(一の郭)、二の郭、三の郭、道場台の4つの郭(くるわ)が直線的に並ぶ「連郭式(れんかくしき)」に近い縄張りを持つ、連格式平山城で周囲を鋭い空堀と土塁が囲んでいます。
上杉謙信の臼井城攻め(1566年)にも屈服しない城でしたが、 豊臣秀吉による小田原征伐(1590年)の際、本城の臼井城とともに豊臣軍(徳川家康軍など)の攻撃を受け、落城・廃城となりました。
縄張図
道場台にある駐車場
道場台
道場台、三郭間の空堀
道場台、三郭間の土橋
道場台、三郭間の食い違い虎口
三郭
梅園になっている三郭奥
梅園から臼井城方面の眺望(右奥に富士山)










