ぶらりきままに城めぐりの旅126

愛媛県松山市 湯築城 攻城260 (2025年10月中旬攻城)

百名城No80 76/100

 

朝食を済ませ、温泉につかり、10数分バスに乗り、道後温泉駅に着きました。駅前のロッカーに荷物を預け、近くの湯築城に向かいました。

 

アクセス

 

<湯築城>

湯築城は、愛媛県松山市道後公園にある、連格式平山城で、建武2年(1335年)頃に築城され、南北朝時代から戦国時代末期まで、約250年間にわたり伊予国(現在の愛媛県)の守護であった河野氏の居城として、伊予国の政治的・軍事的な中心を担いました。豊臣秀吉の四国攻めの後、小早川隆景(こばやかわ たかかげ)が、一時的に城主になり、その後、天正15年(1587年)に福島正則(ふくしま まさのり)が城主になり、城替えにより国分山城に移ると、すぐに廃城となりました。

石垣や天守閣がない中世の城郭としては、堀(濠)や土塁などの遺構が良好に残っている稀な例として、歴史的価値が非常に高いと評価されています。日本百名城の一つにも選定されています。

 

散策図

 

西口、搦手門がわから攻城開始です。右手を見ると、外堀、外堀土塁、内堀土塁、内堀の構造がよくわかりました。土塁間を進むと、武士の居住地があり、内堀側に出ると、巨大な岩盤のような石垣が垣間見えました。

 

搦手門

 

外側土塁

 

武士居住区

 

 

内堀、岩盤のような石垣

 

城郭南側から東側に進むと、大手門があり、そこから、内側に折れ、岩崎神社鳥居先の石階段を登って行くと、頂上部に展望台がありました。物見櫓があったんでしょうか。展望台から、松山市街がよく見え、遠方に、松山城が見えました。北側の一段低いところが本壇(本丸?)、さらに北側の一段低いところが杉の壇(二の丸?)がありました。北側に降りていくと、石造湯釜がありました。

 

東口 大手門

 

岩崎神社 鳥居

 

 

登城路

 

展望台(物見櫓跡?)

 

 

展望台から松山城を望む

 

本壇

 

杉の壇

 

石造湯釜

 

 

外堀

 

小規模な城郭ながら、堀と土塁で、明確に区分けされた、中世の平山城でした。日本百名城も、76城となりました。攻城も、2016年以来、260を数えました。