山陰の旅 2024
島根県浜田市 浜田城 攻城249 その1 (2024年5月中旬訪問)
続百名城No170 48/100
世界遺産「石見銀山」を散策して、その日の宿泊地、島根県浜田市のホテルに宿泊した翌朝、浜田城を攻城しました。浜田は、北前船(江戸時代から明治時代にかけて日本海を航行し、各地で商品を売買しながら物資を運んだ商船)の西廻り航路における重要な寄港地で、米、塩、砂糖などが輸入され、逆に鉄や半紙などの浜田の特産品が輸出され、浜田の経済は大きく発展し、北前船は城下町の繁栄を支える重要な存在だったようです。
浜田城 アクセス
城郭説明
浜田城は、北側に松原湾、南と西に浜田川が流れ、自然の地形を天然の堀として利用した、標高約68メートルの亀山と呼ばれる独立丘陵に築かれた平山城です。長州藩に対する防衛拠点として、元和6年(1620年)に初代藩主の古田重治によって築城されました。その後、古田氏がお家騒動で改易された後、譜代大名や親藩の松平氏(松井・越智)が入れ替わりで城主を務めました。これは、長州藩の抑えとしての役割が重視されていたためです。
城郭形式
頂上に本丸、その下に二の丸、三の丸、出丸が配された梯郭式の構造で、本丸の北西隅に三重櫓の天守が建てられていましたが、天守台はなく、本丸に直接礎石を置いて築かれていたのが特徴です。
1866年の第二次長州征伐の際、長州藩の攻撃を受けて落城しました。このとき、城を明け渡した浜田藩兵によって自ら火が放たれ、城のほとんどが焼失したようです。
散策マップ
縄張図
再現CG
城郭南西側の浜田城山公園駐車場に駐車して攻城開始です。駐車場から北へ登って行きます。すぐに広いふれあい広場に出ました。手前を右に折れて、登城路を登ってい行きます。階段を上ると、浜田護国神社の広い境内、本殿にでました。
浜田城山公園駐車場
ふれあい広場
登城路
浜田護国神社
神社の北側奥が本丸方面ですが、西側に進み石段を下りると、井戸跡、硝煙蔵曲輪がありました。
井戸跡
硝煙蔵曲輪
次回、中の門、本丸方面を紹介します。
※2024年山陰の旅の旅行行程は、2024年の5月にブログアップしてます。



















