新潟県新発田市 新発田城その1 攻城241(2023年9月4日攻城)

日本百名城 No.31 68/100

 

<城郭概要>

新発田城は、新潟県新発田市大手町にある平城で、最初に城が築かれた時期は不明ですが、鎌倉時代初期に幕府設立に戦功のあった佐々木盛綱の傍系である新発田氏による築城と考えられているようです。その後、上杉景勝により攻められて、大名としての新発田氏は滅亡したようです。

その後秀吉の命で上杉氏の会津転封に伴い、溝口秀勝が6万石の所領を得て新発田に入封され、新発田藩領内を治めるための拠点として、新発田城の築城を行っていったようです。

天守は、複合式層塔型3重3階御三階櫓で、2004年に木造復元されています。

度重なる火災によって城内建築に大きな被害を受けるが、その度に再建されていたようです。

明治6年に廃城となり、日本軍の施設が置かれました。現在自衛隊が本丸の大部分を使用しています。

表門、二の丸隅櫓等、櫓・長屋・門、石垣、土塁、堀が現存している他、三階櫓、辰巳櫓が木造再建されています。

 

アクセス図

 

周辺図

 

御城印、スタンプ

 

<攻城1>

新発田城は、JR羽越本線新発田駅北西、徒歩30分にあり、城郭南西の二の丸跡内の新発田城址公園駐車場に駐車して攻城開始です。

北に進むと大きな水堀があり、本丸石垣の上に御三階櫓が木造再建されていました。江戸幕府に忖度したこじんまりとしたお決まりの天守ですね。現在自衛隊の基地があり、折角木造再現されているのに、近くまでいけません。残念です。

 

城郭図

 

二の丸跡内の新発田城址公園駐車場

 

 

 

御三階櫓、石垣、水堀

 

堀を東に進むと、堀の対岸の石垣の上に、現存している、二の丸隅櫓が見えてきます。堀の東側を回ると、右手は二の丸跡、さらに南の奥は三の丸跡で市役所等が建っています。

 

 

二の丸隅櫓

 

 

 

三の丸方面 土塁