熊野古道周辺の旅 7日目  長篠合戦地(2022年11月4日訪問)

 

長篠の戦いは、戦国時代の天正3年5月21日、三河国長篠城をめぐり、3万8千人の織田信長・徳川家康連合軍と、1万5千人の武田勝頼の軍勢が連吾側の両サイドで相対して戦った合戦です。

織田徳川軍の鉄砲隊と武田軍の騎馬隊との戦いとも言われています。その際の織田徳川軍の馬防柵を、某大河ドラマでは、井伊直政が井伊谷の材木で作らせたとありましたね。

この戦いで武田方の武将の大多数が討死し、後に武田氏は滅亡しました。

家康はこの戦いで、旧武田軍の兵を多数召しかかえて、赤備えを引継ぎ、築城術、治水術を得て、後の天下統一の基を手に入れましたね。江戸移封後の利根川東遷もこの治水技術の受け継ぎがなかったら、なかったんではないでしょうか。

 

長篠合戦地図

 

まず、設楽原歴史資料館に行き、資料、情報を手に入れました。資料館は前面改修中でした。その後、近くの駐車場に駐車して付近を散策しました。徒歩数分で合戦地に着きました。再建馬防柵がありました。ここから、鉄砲隊が攻撃したんでしょうね。諸説あるようですが、どんな戦いだったんでしょうね。

 

設楽原歴史資料館

 

長篠合戦地駐車場

 

連吾川

 

 

 

案内板

 

 

 

 

馬防柵

 

武田側から

 

織田徳川側から