高松城跡その3(2019年4月28日訪問)
天守台のある本丸跡へ移動します。立派な野ずら積みの石垣です。天守台の上に登って行きます。天守閣の土台である礎石が在りました。立派な天守が建っていたんでしょうね。現存する資料を元に、できるだけ詳細に、木造復元して欲しいものです。
二の丸と本丸を繫ぐ鞘橋
天守台
天守台礎石
船着き場を望む
天守台を後にして、予約していた、船に乗っての城めぐりです。鯛の餌付きです。ライフベストを着用して、木船に乗り込みます。さっそく、餌を蒔きます。鯛が寄ってきます。城見学より、まず、鯛の餌槍に専念。内堀に海水を引いているので、400種類ほどの魚がいるようです。水門には網があるので、海から稚魚がやってきて育つと、海には帰れなくなってしまうようです。ちょっと、可哀そう。堀から見る天守もまた迫力あります。海水中の石垣にウニが張り付いてました。海城なんですね。30数分の船旅でしたが、十分に満足です。最後に、高松城のバッチもらいました。
城観光乗船券
堀に鯛がいます
船から見る高松城
乗船記念バッジが入っていた台紙
高松城は、豊臣秀吉の四国制圧の後、1587年(天正15年)讃岐1国の領主となった生駒親正によって、「野原」と呼ばれた港町に築かれたようです。現在見られる遺構は、江戸初期に徳川光圀の兄で常陸国から12万石で高松に移封された松平頼重によって改修されたものだそうです。縄張りは、黒田官兵衛が手掛けたといわれ、細川忠興、小早川隆景、藤堂高虎などによるとも言われているようです。
高松城、素晴らしい城でした。今夜の宿泊地、丸亀に向かいました。













