第5回:久留里城、大多喜城(2016年9月10日)
日にちさかのぼります。日本の城めぐりをしようと思ったきっかけは、「真田丸」見て本気に思うようになったんですが、房総半島の「濃溝の滝」を見に行ったついでに、近くの久留里城、大多喜城を見ていたんですね。もちろん、その時は城めぐりではなく、単なる観光でした。
濃溝の滝は幻想的で宮崎駿の世界に引き込まれるようで、こころ安らぐ空間でした。
宿までの時間はまだあったのでグーグルマップで観光地を探していたところ、城が近くにあり、行ってみようかと。それが久留里城です。駐車場に車を停め、急こう配の坂道を汗だくで登ります。なかなか着かない。おじいちゃん、おばあちゃんの姿もあります。大変そうです。後に思いましたが、城めぐりは、足腰のしっかりしているうちに行かないと。現存天守の急階段は危ない。舗装路が終わり天守までの土と木の階段を登ると天守閣が見えてきました。途中、新井白石の像がありました。若いころ、この城主につかえていたとかかいてありました。天守は思っていたより小ぶりですが、中に入ると木造です。前面に天守台があり、後方に復興天守を建てたようです。さすがに、見学者は数人。内部の壁面に、現存12天守の写真と説明がありました。戦国と大戦の戦火を逃れた城がこんなに日本にあったんだと感激したのを覚えています。よく考えると、この時が城めぐりを決断したきっかけの第一歩でしたね。
久留里場復元天守
次のお城は大多喜城です。どうやら、模擬天守のようです(復元、復興ともいわれていて、良くわからないらしい)。模擬、復興天守のいいところは、普通の階段でゆっくり展示物を見ることができることでしょうか。城主は数人いるようで、本多忠勝が目に入り、何か聞いたことある。家に帰ってから調べたら、何と徳川4天皇の一人じゃあありませんか。家康は信頼する家臣を各地の要所においたんですね。
有名な「トンボ切」という槍の本物か、たぶん複製のものが展示してありました。戦国武将中の戦国武将といわれる人ですね。近江姉川の戦いでは、劣勢のなか一人で浅井・朝倉軍に突っ込んで、「忠勝を死なせるな」という家康の一言で、劣勢を盛り返したとか、三方ヶ原の戦いでは川をはさんだ武田軍の前で一人馬から降りて水をやり、武田の諸将に感心されたとか、天王寺の変後の「神君伊賀超え」では井伊直政らと家康を守り抜いたとか、逸話は多々あるようです。城めぐりは、天守を見て肌で感じるとともに、城主等の人間性を掘り起こすことも楽しみの一つですね。
大多喜城天守





