改めて | せっこついん長良⭐︎神谷宗幸院長の裏庭

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くせになる接骨院、せっこついん長良の神谷宗幸院長の日常や日々の思いをつづっております。少しでも皆様との距離が近くなり、信頼関係が結びやすくなればと思っております✨✨✨

こんばんは!

今日は久しぶりに接骨院の先生の仲間達に沢山会いました。


沢山の人と色々な話をして

話している人の内容と現状がついつい照らし合わせられるように見え。

結局思う事は、まっすぐな人間は目が違う。先もある。

どれだけ勝負強かった人間でも、まっすぐさにかける人は人もついてこないし、いつまでも自転車操業だろうと。


これほどまでに、生き様が大切に思えたのは久しぶりで、まっすぐな人間らと熱く言葉をかわせれたのは本当に幸せな事だと思う。

特に同期が凄くまっすぐで今でもまっすぐでうまくいってる事は本当に嬉しかった。


まっすぐじゃないタイプを否定するわけではない。そういうタイプはそれはそれで、向いているものがあるという事なだけ。賭博師とかね。


少なくとも接骨院をやりたいなら、まっすぐに生きられないなら死んだ方がマシだ。

そういう人間の場所であろうな。と思う。

ちょっと人間曲げて営業でもしなかんならその会社にゃおれんですわ。と、そういうタイプの人間が最後生きていける為の国からの救済措置のような仕事だと思う。



世の中、今あまりにも人をものとして扱う商売が増えすぎている。

人を人として扱える場所が接骨院なのだ。

そして、そういう人間が道場もやり、子供達にまっすぐな生き方で間違ってないんだよと助けてあげる。

それが柔道整復師の役割なんじゃないか?と感じた。


道場をやらないという先生は多かったが、断固として俺はやる。

それをいい続ける事で、皆はて道場をやるといっていた神谷の真意とは?を考え始めるキッカケになってもらいたい。

そして、あ~、俺もやっぱり道場を、やろうかな?と思う人が一人でも増えてくれたら嬉しい。


自分なりに、この先何十年という時代の流れをみて想像していたった答えを今日は再確認し、確信にとどいたと感じた。


まっすぐ生きる事とは、人を人として扱う事。時代が進めば進む程、人と接する仕事はこれが求められ、それだけで強みになる。

何故ならば、それは意外に簡単な生き方ではないからだ。


価値があるってのは、そういう事だろう。


では!