ストレス発散になりますし、周囲からの共感が集まることもあるでしょう。
しかし今回は、見落とされがちな「言われた側(当事者)」の視点からこの問題を見てみたいと思います。
愚痴の多くは、投稿者の「一方的な主観」の垂れ流しになりがちです。
当然、言われた側にも言い分はあるはずですが、あえて「売り言葉に買い言葉」で反論しない場合はどうなるでしょうか。
実は、物事を客観的に見られる人ほど、あえて声を発さない傾向にあります。
相手の言い分を理解しつつも、相手が感情論になっている時こそ「沈黙」を選ぶのです。
納得はいかなくても、静かに状況を整理し、受け入れている(受け流している)人も少なくありません。
では、私たちはこうした投稿をどう捉えるべきなのでしょうか。
まず、投稿者の発言を「すべて事実」と鵜呑みにするのは少し危険です。
そこには、投稿者の「捉え方の偏り(歪み)」が見過ごされている可能性が大いにあるからです。
投稿者の主観は、あくまで「その人にとっての事実」であり、客観的な事実とは異なります。私たちがタイムラインで見かけてできるのは、せいぜい「その感情への共感」までです。
もし当事者双方が話し合いで解決しようとするならば、「事実」と「解釈(主観)」を切り離して考えなければなりません。
こうして問題を紐解いていくと、本質が見えてきます。
どちらが良い悪いというジャッジはしません。
しかし、問題視されがちな「言われた側」の視点を掘り下げ、どういう前提で会話をしていたのか、どんな解釈をしたのかを丁寧にさらけ出していくと、実は「投稿した(愚痴った)側に原因があった」というケースも非常に多いのです。
誰かの言葉をそのまま鵜呑みにするのではなく、「これは事実なのか、それとも解釈なのか」と一歩引いて見てみる。そんな少しの冷静さが、SNSとの心地よい距離感を保つ秘訣と言えそうです。
